第148話【忘れていたお土産】
とりあえず今回の話し合いで決めた僕達のルールは以下のとおりだった。
本来ならば貴族当主と雇われ人の関係になるのだが今回はギルド職員と保養施設を間借りしている客との認識であるため、過度の敬語やサービスは控えること。
斡旋ギルドに頼みたい事があればダルマルもしくはナナリーに手配を頼むことにする。
その他については随時どうするかを協議して一方が極端な不利益を被らないようにする。
と簡単な取り決めをした僕はせっかくなので出された紅茶を飲みながら出されたお菓子を見てふとある事に気がついた。
「リリス。そういえば領都で買ったお菓子が収納したままになってるけどこれって元同僚へのお土産じゃなかった?」
僕の言葉にリリスが「あっ!」っと叫んで椅子から立ち上がった。
「いけない、忘れてたわ。
カルカルに帰ってきてすぐにギルマスからこの施設を紹介されたから友達とゆっくり話す時間が無かったのよね。
どうしよう、今から行って渡してくるか明日にするか……」
悩むリリスに僕は「どちらでもお菓子が傷むことはないから焦らなくても大丈夫だよ」と一旦落ち着くように言った。
「そうなんだけど、やっぱり早く食べて欲しいから今からギルドへ向かうわ。
ねえ、ナナリーさん。今から馬車の手配って出来るものなの?」
「えっと、手配事は管理人のダルマルさんに頼めば準備してくれると思います」
「そう、ならば話を通して来て貰ってもいいかな?
私達も出かけられる準備をしておくから」
「分かりました。すぐに連絡をしておきますね」
ナナリーはそう言うとダルマルに馬車の準備を頼むために席を立った。
* * *
「お待たせしました。馬車の準備が出来ましたのでご案内致します」
10数分程でダルマルから声がかかりあまりの早さに驚くリリスに彼は「施設のすぐ側に馬を預かる馬舎がありますので」と準備が早い理由を教えてくれた。
「行き先は斡旋ギルドですね。では、ご案内します」
ダルマルはそう言うと御者席へと乗り込んで馬車をゆっくりとギルドへ向けて走らせてくれた。
――からんからん。
ギルドのドア鐘の音を聞きながらリリスと僕が中に入る。
「斡旋ギルドへようこそ……ってリリスどうかしたの?
何か忘れ物でもした?」
数時間前に来たばかりのリリスがあらわれたのだから何か忘れ物でもしたか、それともギルマスに言い忘れたかと思うのも仕方ないだろう。
「まあ、忘れ物といえばそうかもしれないわね。
そろそろ今日の仕事は終わる頃でしょ?
今回の件ではいろいろと皆に迷惑もかけたし、せっかく領都から帰ってきたのに私がお土産のひとつも渡さないとかあり得ないでしょ?」
「えー、本当に? どんなものを買ってきてくれたの?」
「本当ならば私はもうギルド職員じゃないからギルドが閉まる時には外に出なくちゃいけないんだけど、そういう理由なのでどこか部屋を貸してくれませんか?……ラーズギルドマスター」
いつの間にか奥の部屋へと続く通路にラーズが出てきていた。
「――まあ、いいだろう。
第一応接室を開放しておくから好きに使うといい。
だが、仕事が終わった者だけだぞ。どうしてもの場合は交代で受け取りに行くこと。いいな!」
「ありがとうございます。
あっ、ラーズギルマスは甘味は大丈夫でしたよね?
これを差し上げますので部屋に戻ってから紅茶にあわせて食べてみてくださいね」
リリスはそう言うと僕からひとつ紙に包まれたお菓子をラーズに手渡す。
「おう、すまないな。
ありがたくいただくとするよ」
ラーズはそう言うとお菓子の包みを受け取って執務室へと戻っていった。
「じゃあ仕事が終わった人から来て貰っていいかな?
ついでに紅茶を用意してくれたらその場で食べられるんだけど……」
「なに?なに? 食べ物なの?」
「そうよ。領都で評判の甘味屋で一番人気のお菓子を買ってきてあるから一緒に食べれたら嬉しいな」
「えー! 本当に!?
でも、それって確か買ってその日に食べないと美味しさが半減するって噂のお菓子よね?
領都から5日もかけて運んだら美味しくないんじゃないの?」
「まあ、それは食べてのお楽しみって事で先に部屋に行って準備しておくね」
リリスはそう皆に伝えると第一応接室へと僕の手を握りながら向った。
* * *
「――いっちばーん!」
元同僚のダリアがそう言いながら部屋に飛び込んできた。
「ずるーい! あんたまだ片付けが途中じゃないの!」
他の女の子達も急いで仕事を終わらせたらしく息をきらせながら走っていていた。
「まあまあ、酒飲みは甘い物も大好きってね。
それで、本当にあのお菓子なの?」
ダリアが数多の女の子達を押しのけて結局一番前に並んだのを笑いながら見たリリスが「そうよ。カルカルだとここでしか食べれない特別なお菓子……その名もショートケーキよ」と言うと「キャアー」と黄色い声が辺りからあがった。
「うわっ!? 本当にショートケーキじゃないの!
私も領都に行った時に一度だけ食べた事があるんだけどこのクリームを作れる職人さんが領都にしか居なくてカルカルでは絶対に食べられないと思ってたわ!
でも、この足の早いケーキをどうやって運んだの?」
女の子達から当然の疑問があがるがリリスは笑って「それは秘密ですよ」と明言をさけた。
当時のナオキの事を知っていた一部の受付嬢は「ああ、なるほど」と分かったようだが能力の情報拡散は禁止事項にあたるのを日頃からキツく言われている彼女達がそれについて話す事はなかった。
「皆に行き渡ったようだから食べてみましょうか」
「はーい!」
そして彼女達の甘味祭が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます