第142話【こんな所にもいた転生者】

「とりあえず昼食にしようか」


 斡旋ギルドを出た僕は少し早めの昼食を提案する。


(せっかくのふたりだけの時間なんだからゆっくりと楽しまないと勿体ないよな)


「お昼には少し早い気がするけど、もしかしてお腹がすいたの?」


「確かに早いとは思うけど早めのお昼にして午後から目一杯町を散策しようと思ってね。

 それに、夕方には宿に戻らないとアルフさんから連絡が入るだろうし……」


 僕の言葉にリリスは笑みを浮かべて「嬉しい」と言うと僕の腕に寄りかかってきた。


「よし! おすすめとかは分からないからオシャレなお店を見つけたら入ってみようか。

 ハズレでもそれはそれで話のネタになるしね」


 僕はそう言ってリリスと共に町を歩いて行く。


「あっ! このお店なんかオシャレな感じが出ていて良くない?」


 リリスが通りにあった一軒のお店の前で立ち止まる。


 そのお店はこちらの世界では珍しい大きなガラスの窓を採用したオープンカフェのようなお店だった。


「さすが領都だね。

 こんなお店は他ではなかなか無いんじゃないかな?

 よし! このお店にしてみようか。

 店の名前は……メイドカフェアマテラス?」


 その店名を見た僕は(あ、これは入っちゃ駄目なやつだ)と反射的にリリスの腕を引っ張った。


「やっぱり、別のお店にしよう。うん、なんとなくだけどこのお店はやめたほうが良い気がするなぁ」


 突然の僕の態度に首を傾げながらリリスは「いきなりどうしたの?」と僕の目を見る。


「いや、僕の予想があっていたらこのお店はリリスには向いてないんじゃないかと思うんだ」


「え?」


 僕の言葉の意味が分からなかったリリスが疑問符をつけて「一体なにを……」と言った瞬間、お店のドアが開いた。


「「「おかえりなさいませご主人様! 今日は同伴でございますか?」」」


 お店の入口からは3人の若い女性がお揃いのメイド服に身を包んでお辞儀をしながら出迎えてくれたのだった。


「何? このお店……」


 その光景を見たリリスはそう呟くしかなかった。


   *   *   *


 結局そのまま店内に案内された僕達はふたりがけの椅子に並んで座りメイド服の女の子がひとり目の前の椅子に座った。


「おふたりは恋人ですか?」


 メイド娘は食事の注文をとる前にいきなり僕達に質問をしてきた。


「いや、僕達は夫婦だ。ところで食事の注文をしたいのだがメニューはないのか?」


「ご夫婦でしたか、それは失礼しました。

 でも私の見立てではまだ新婚さんでアツアツなおふたりと見ました。

 そんなアツアツのおふたりにはこのメニュー!

 アツアツのトロトロになるチーズグラタン。

 私達が魔法をかけなくても愛情一杯のメロメロメロンソーダ。

 恋人限定のチョコ棒ゲームサプライズ。

 の3点セットはいかがですか?」


(なんだそのコテコテのネーミングセンスは?

 まさか……いや、間違いなくこの店のオーナーは日本人転生者に違いない)


「あ、ああ。それで頼むよ。

 ところでこのお店のオーナーって会えるかな?」


「オーナーですか? あれあれ?ご主人様は私よりもオーナーをご指名ですか?

 言っておきますけどオーナーは男の人ですからね」


(まあ、そうだろうな。

 仮に転生者が女性だったらこんな商売を始める確率は低いと思うからね)


「ああ、構わない。

 少し話がしたいだけなんだ」


「――変なご主人様ですね。

 一応声をかけてみますけど無理だったらごめんなさいでお願いしますね」


「ああ、すまないが頼むよ」


 女の子がオーナーを呼びに奥へと入ったのを見てリリスが僕に尋ねる。


「もしかしてオーナーと知り合いだったりするの?」


「いいや。全く知らない人だと思うよ。ただ、この店のオーナーは僕と同じ日本人だった可能性が高いから会ってみたかったんだ」


「えっ!? そうなの?」


「うん。このお店のコンセプトが僕のいた日本で流行っていたからね。

 『おもてなし』の気持ちと『若い女性からの奉仕』が人気を呼んで世の中の男達が湯水の如くお金を落としていく悪魔の集金システムだったんだ」


(かなり偏見もある気がするけど確かそんなお店だったよな?)


「なにそれ怖い。

 それで、ナオキもよく行ってたの?」


「いや、僕は行ったことはなかったよ。

 あのお店はひとりで行くのはハードルが高かったからね」


 そんな事を話していると奥の部屋からひとりの若い男性が先程のメイド嬢に連れられてこちらに向かって歩いてきた。


「――俺に会いたいというのは君たちかい?

 俺がこのカフェのオーナーであるロイドだ。

 それで、用件を教えてくれないか?」


「率直に聞きますがあなたは元日本人ですか?」


 ロイドはその言葉に驚き、僕をジロリとにらむと「ふむ。そうか、君もそうなのか」と納得した様子で頷いた。


「それで? 俺になにか聞きたいことでもあるのか?

 もっとも日本に帰る方法とかを聞かれても答えようがないぜ」


 ロイドは僕達の前の椅子に座ると側にいたメイドに紅茶を頼んだ。


「――ふうん。君はそんな大変な事を神様に願ったんだ。

 そんなに堅苦しく考えなくてもこの世界を滅亡させようとか世界大戦を企むとかじゃなければ神様は俺達の行動に口を挟んでくることはないぜ。

 俺の目的はこの世界には無かった斬新な商売で一旗あげてきちんと税金を払って経済を回しつつ自分の好きな事をするのが夢だったんだ」


 ロイドは両手を広げて自慢の店を僕達に見せつけた。


「凄くいいですね。

 あなたのやりたかった事が現実になって地域貢献もしっかり出来てる。

 僕とは方向性は違うけど凄く楽しそうです」


「まあな。人間、やりたい事があれば叶うものならばやったほうがいいと俺は思うぜ。

 おっと、料理が来たようだから俺は退散するぜ。

 俺様監修の料理だ、心ゆくまで堪能して帰りな」


 ロイドはそう言うとひらひらと手を振りながら奥の部屋へと戻って行った。


「お待たせしました!

 アマテラス特製ランチセットになります。

 本来ならば私がとっても美味しくなる魔法をかけるところなんですが奥様に怒られてしまいそうなので今回は割愛させて頂きます。

 どうぞお召し上がりください」


 メイド嬢はそう言うと深々と頭を下げてから他の客へと向かっていった。


「彼女が何を言ってるのかよく分からなかったけど、この料理は斬新なものばかりなのね」


「まあ、さっきの彼が監修したならそれなりに美味しいと思うよ」


 僕はそう言って料理に手を伸ばした。


 ――結果、料理はかなり美味しかった。


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