第115話【宿屋の看板娘と小さな案内人】
マリルに案内されて来た宿屋はザザールで一番小さな宿屋だと後で聞かされた。
もっともこの町では宿屋は数件しか無くて旅人が訪れたらほとんどの人が一番大きな宿に泊まるので逆にこういった小さな宿はゆっくりするには良さそうだった。
「それで、この宿はどんな特徴があるの?」
リリスがマリルに聞くと「こんな辺境の町だから他に自慢出来るような特徴がある宿は無いですよ」と答えたが、ふと思い出したらしく「あ、でも山菜料理と山鳥の煮込みが美味しいですよ」と付け加えてくれた。
「――いらっしゃいませ。お食事ですか? それともお泊りですか?」
宿に入ると元気の良い声がカウンターから聞こえてくる。
「泊まりで食事付きを2名分お願いしたいのだけど……」
声に吊られて僕が答えると受付の女性が「はい! 2名様お泊り予約ありがとうございます!」と声を張り上げる。
「あはは、この宿の名物受付娘なんでちょっと恥ずかしいかもしれないですけど受け入れてあげてくださいね。
ライラももう少し声を落しなさいよ。お客様が引いてるじゃないの」
「あっ! ごめーん!
ついつい癖で……ってマリルじゃないの。
いつ帰って来たのよ」
「つい先程よ。お客様を連れて来たんだから感謝してよね」
どうやら宿の受付娘(ライラと言うらしい)とマリルは友達らしくその繋がりで案内されたらしい。
「そうなの? ありがとうね、やはり持つべきものは気の利く友達だわ」
マリルの忠告を聞いても声の大きさは変わらないライラに(元気の良い娘だな)と思いながらリリスと共に受付をすませた。
「では、私は実家に戻りますので、また明日の集合時間にお会いしましょう」
受付を済ませた僕達にペコリと頭を下げてからマリルは宿を出て行った。
「お部屋にご案内しますね。
えっとお食事には少しばかり早いですけど外に出られますか?
もし、案内が必要でしたら格安でガイドもご用意出来ますよ」
ライラが営業スマイルでそう告げると彼女の後ろからひょこっと10歳前後であろう少女が顔を出した。
「ねえね。お仕事貰えそう?」
「あっ、こら。
まだお客様と交渉してる所なんだから出てきちゃ駄目よ」
夕食までふたりで町の散策をしようと考えていた僕達だったが、その子を見てしまったために思わず聞いてしまっていた。
「その子がガイド役ですか?」
「あ、はい……一応。
やっぱりこんな小さな子供じゃ嫌ですよね?」
僕はライラの後ろに半分隠れている女の子に声をかけた。
「君、名前は?
この辺りは詳しいのかな?」
「わたし、ライナ。
町はいつも遊んでるから大抵のお店はわかるよ」
僕はその答えに満足するとリリスに視線を向けた。
「仕方ないわね。
時間もそれほど多くないようだから迷ってしまう可能性を考えるとお願いした方がいいかもね」
本当は僕とふたりで出掛けたかったのだろうが僕の気持ちを汲み取ってそう答えてくれた。
「ありがとうリリス」
僕は彼女に微笑みかけるとライラに向き直り「案内を頼むよ」と言い、一度部屋を確認してからライナを連れて町の散策に出た。
「――えっと、このお店が鍛冶屋さんでぇ、向かい側が雑貨屋さんでぇ……ちょっと行った先を右に曲がった所に服屋さんがあって……えっと、その隣が食べ物屋さん……です」
少しばかりたどたどしい話し方でお店の説明をしていくライナ。
一応、僕達をお客としてきちんと接客するように教え込まれているのだろうがまだ小さな少女であるため話し方もぎこちない。
「ありがとう、よく分かったよ。
じゃあまずは雑貨屋から見ていくとしようか」
正直、この町では買い物をする予定の無かった僕達だったのでほとんど見てるだけとなったが、せっかくなので食料品店で果物をいくつか買うことにした。
「――案内ありがとう、楽しかったよ。
案内の料金は宿の料金と一緒に払うのかな? それともこの場て払った方が良いのかな?」
宿に帰った僕達はライナにそう問いかける。
「えっと、この場で貰えると嬉しいです」
どうやら案内料金は
「じゃあ、いつもどのくらい貰っているのかな?」
実は『幾らでも良い』が一番難しいもので、案内のお礼の相場が分からないと少な過ぎたり逆に多過ぎたりとどちらの場合も一長一短あるからだ。
「うんとね。だいたいいつもこのくらい」
ライナはそう言うと指を2本ほど立ててみせた。
(指2本? 銅貨2枚って事なのか?
いくらなんでも少なすぎるから銀貨2枚?……は無いか)
「リリスはどう思う?」
僕は悩んだ末にリリスに助けを求める。
「おそらく銅貨2枚だと思うけど、だとしたら安すぎるわよね。
念のためにライラさんに聞いてみた方が良いかもしれないわね」
リリスがそう言って気を利かせそっとライラに聞きに行ってくれた。
「――やっぱり銅貨2枚くらいみたいよ」
戻ってきたリリスから話を聞いた僕は袋から銅貨を3枚取出してライナに握らせた。
「えっ? 1枚多いよ?」
手のひらにある銅貨を数えてライナが首を傾げる。
「一所懸命に案内をしてくれたお礼だから受け取って欲しいな」
僕がそう言うとライナは笑顔で「ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん」と言って頭を下げてから宿の奥へと走って行った。
その微笑ましい姿に癒やされた僕達だった。
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