第114話【ザザールの町へ】

 野営の明けた朝、商隊は予定通りに旅を再開して朝日が気持ちよく射す中、ザザールへと向かう。


「この辺りの治安は良いのですか?」


 馬車に揺られながら馬を操る御者の男性に話しかける。


「ああ、アーロンド領内に関しては比較的治安は良いと思うよ。

 ザザールから先のヴァルダ子爵領になると少しだけ気をつけなければならない箇所があるんだが、まあ野生動物とかならまだしも盗賊団は滅多に出て来ないから安心して良いよ」


「盗賊ですか……。

 そう言えば昔一度だけ旅の途中で遭遇した事がありましたよ。

 あの時は焦ったな……」


 僕は当時出会った盗賊達にリリスが僕を庇って斬られた事を思い出して身震いをする。


「ああ、あの時ね。

 私がナオキの前に飛び出しちゃってナオキの代わりに斬られたんだよね。

 あの時は死んだと思っ……。

 いや、本当に一度死んだんだったわね。ナオキのおかげで生き返ったけど」


 リリスもあの時の事を思い出して自らの無鉄砲さを反省しながら苦笑いをした。


「一度死んで生き返った!?」


 話を聞いていた御者が驚いた声を上げて聞き返した。


「ああ、僕の治癒魔法はかなり特殊なので条件さえ合えば治療出来る場合があるんです」


「そう言えばあなたは神の祝福を受けし者でしたね。

 ならば私どもの理解を越える現象があっても不思議ではないですね」


 御者の男性は神の祝福を受けし者と納得すると軽く頷いた。


   *   *   *


「――もう少しでザザールの町に着きます。

 ザザールでは宿がありますのでそちらに泊まるのがよろしいかと思います。

 明日の出発は朝食後すぐとなりますので、もし何か買うものがあるようでしたら宿の受付後に商店へ出かけられたらと思います」


 御者の男性は前を見据えながら初めて同行する僕達へ町での過ごし方のアドバイスをしてくれた。


「いろいろと教えてくださりありがとうございます。

 出来れば町の特徴とかおすすめがあればそれも教えて貰えませんか?」


「あ、それなら私が教えてあげるわよ」


 横に同乗して話を聞いていたいたマリルがそう告げる。


「ああ、そう言えばマリルさんは今でこそ王都で活動をされていますがザザールの出身でしたね。

 ではこの件はマリルそんにお願いしますかね」


 御者の男性がそう言うとマリルは「任せて」と笑顔で答えた。


「まずザザールはアーロンド伯爵領の端の町でいわゆる『領境の町』になるわ。

 領の境目と言っても国が同じだから隣が攻めてくるとかは当然無くて隣の領地に行くのも特に関所とかも無いわよ。

 まあ、強いて言えば商売とかで得た利益の税を納める領主様が違うって事くらいね」


 マリルはそう言うと荷物から一枚の地図を出して僕達に見せてくれた。


「この地図は凄く大雑把に町や村の位置が書かれているだけのものだけど、旅をするには絶対に持っていた方がいいわ。

 で、ここが私達が出発したバグーダの町ね、ここから西に向かって進んだ所にあるのがもうすぐ到着する私の故郷のザザールになるわ。

 ザザールは領都から離れているので正直言ってあまり発展はしてなくて、今回みたいに領都から王都へ向かう商隊や旅人が寄るからそんな人達向けに商店と食堂、あとは宿屋があるくらいで大多数の人は農林業で生計を立てているの。

 ちなみに私の家も農家で収入が少ないから両親の負担も考えて成人を機に王都で職を探したんだけど、こんな田舎町から出て来た娘なんてなかなか良い仕事にありつけなくてね。

 で、途方にくれていた所を今の護衛メンバーから誘われてそのまま冒険者としてこういった仕事をしているって訳。

 まあ、あまり楽しい話じゃなくてごめんね」


 事実、こういった話はよくある事でマリルはまだ運の良かった方らしく、田舎から出てきた若い女性なんかは騙されて連れ去られて行方不明なんて事もある話なのだそうだ。


「王都って物騒なんだな。

 町の警備は何をしているんだろうか……」


 僕が素直な感想を言うとマリルは肩をすくめて「王都は人が溢れているからね。ぼんやりしてると足を掬われる街だと思って気をつけた方が良いわよ」と忠告してくれた。


「――あっ! 町の門が見えてきたわ」


 ちょうど話の区切りを迎えた時、前方に塀に囲まれた町の門が見えて来たので荷台の幌から顔を出して眺めてみる。


「ザザールの町か……。

 初めて訪れる町はどんな所かわくわくするよな。

 リリス。宿をとったら町の探索に出掛けようか」


 僕か隣に座るリリスに向かってそう言うと彼女は微笑みながら「ええ、良いわよ」と返してくれた。


   *   *   *


 ――ガラガラガラ


「全体停止!」


 町の門では門兵が町に入る人や馬車の確認を行っていた。


「ノーラン商会王都本部のガリウムだ。

 バグーダで仕入れた商品を王都へ輸送中でこれが証明書になる。

 人数は私を含め御者が5名、護衛が5名、そして王都までの同行者が2名の合計12名だ」


 ガリウムが門兵に人と積荷の説明をすると「よし、通って良いぞ」と許可が出る。


「へー。結構しっかりとした確認作業をする町なんですね」


「ああ、ここは領境の町だからね」


 町によってはこういった確認が無い町もあるがここは領境の町なので確認もしっかりしているのだと御者の男性が教えてくれた。


「――よし。予定通り今日はこの町で1泊することになる。

 各自必要な処理と報告を済ませたら明日の朝までは自由行動だ。

 特にマリルはこの町に両親が居るだろうから顔を見せてあげなさい。

 では、明日の朝には時間に遅れないようにくれぐれも酒の飲みすぎには注意しろよ」


 ガリウムは皆にそう告げると馬車を宿の側にある馬車置き場へと他の御者達と共に向かった。


 その場に残された僕達は言われたとおりに先ずは宿の確保をするべくマリルに案内をして貰いながら宿へと向かった。

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