第79話【化粧品専門店ゼアルータル】

「おはようございます。

 昨日は良く眠れましたか?」


 リリスの声にだんだんと意識が鮮明になっていく僕は窓の外から入る朝日に目を細める。


 あれから実際に眠りについたのは明け方近くになってからだったため、リリスに起こされるまで完全に熟睡していたようだ。


「ふわぁ。もう朝か……」


 僕はベッドから降りると大きく伸びをして部屋にある水桶で顔を洗って目を覚まさせる。


「はい。タオルです」


「ありがとう」


 僕は彼女が差し出したタオルを受け取り濡れた顔を拭いていく。


「ふう。やっと目が覚めたかんじがするよ」


 僕がそう言いながらリリスを探すと彼女は既に外出用の服に着替えており、今は鏡を見ながら髪を整えていた。


「着替えたら朝食に行きましょう。

 約束の時間はお昼頃だからちょっと寄り道をしてから斡旋ギルドへと向かいましょう」


「寄り道?」


「うん。昨日の女の子達から化粧品の評判が良いお店が近くにあるって聞いたから少し興味があって行ってみようと思ったの」


「化粧品……もしかして彼のお店?」


 僕は昨日、リリスから聞いた話からすぐにそう連想した。


「まだ分からないけど、その可能性は十分にあると思ってるわ」


「分かった。ならば一緒に行ってみよう。

 さすがに普通の店で危険があるとは思わないけど変に絡まれる可能性も否定出来ないし、僕が一緒ならば下手な事はして来ないだろう」


 僕はそう言いながら急いで着替えを済ませてリリスと共に食堂へと向かった。


「――よし。それじゃあお店に行ってみようか」


 朝食を済ませた僕達は宿屋から出て化粧品を取り扱っていると噂のお店へと歩を進めた。


『化粧品専門店:ゼアルータル。

 簡易ポーション他、軽度の調薬も承っております』


 宿を出てから数分ほど歩いた所にそのお店は看板を出していた。


「ゼアルータルか……。まあお店の名前からしてゼアルさんがやっているお店で間違いは無さそうだな」


 僕はそう呟くとお店のドアを開けた。


 ――ちりんちりん。


 可愛めのドア鐘が鳴ると数多くの化粧瓶が並んだショーケースが目に飛び込んできた。


 女性がターゲットの為か綺羅びやかなボトルに入った液体が所狭しと並べられていた。


「凄く華やかな店内だな」


 僕の第一印象は普通の薬師の店とは異なりさながら宝石やアクセサリーを売る店のように感じられた。


「いらっしゃいませ。

 今日はどのような商品をお求めですか?」


 店の店員であろう化粧をバッチリ決めた大人っぽい女性が対応してくれる。


「少し商品を見せて貰ってもいいですか?」


 後ろからリリスが現れて店員との会話に入ってくる。


「お連れ様ですね? どうぞゆっくりと見てください。

 商品の説明や化粧のやり方を知りたい時は店長をお呼びしますのでお声をかけてくださいね」


「はい、ありがとうございます。

 では、いくつか見させて貰いますね」


 リリスはそう店員に伝えるとショーケースに並んでいる化粧瓶やその説明文、棚に並べられている商品を手に取ってサンプル品の香りを確かめたりしていく。


「どうだい? 何か気になる事はあるかい?」


 僕は商品を見るリリスに小声で話しかけた。


「商品自体は問題ない……と言うか品物の品質はかなり良いと思うわよ。

 まあ、評判からしたら当たり前なのかもしれないけれど」


 一通り品物を見たリリスはショーケースに並んでいる一つの化粧瓶を指差して「この商品の説明をお願いしたいのですが……」と店員に話しかける。


「ハビスカの香水ですね。

 店長を呼んで来ますので少しお待ちくださいね」


 女性店員はそう言うと店長を呼びに奥の部屋に入っていった。


「――お待たせしました。

 店長のゼアルと言います。

 ハビスカの香水について説明が欲しいとの事ですね。

 この香水は――」


 奥から出て来たのは僕が温泉で出会った彼に間違い無かったが、リリスとは初対面な上、僕は少し離れて別の商品を眺めるふりをしていたので、商品の説明を細かく話し始めた彼は僕には気が付かなかったようだった。


 僕の行動に気がついたリリスはゼアルの意識が僕に向かないようにしながらあれこれと質問をしたり持ち上げてみたりして情報収集に努めてくれた。


「しかし、君は肌が綺麗だね。失礼だけど歳を聞いてもいいかな?

 いや、商売柄若い美人の女性を見ると僕の作った化粧品を使って貰いたい衝動が出てしまってね」


「……本当。女性に歳を聞くのはタブーですよ。

 そんな事をしてると彼女とか奥様とかに叱られるんじゃないですか?」


 リリスは思い切ってカマをかけてみる。


「残念ながらまだ独身だよ。

 特定の彼女もいないし、良かったら君、立候補してみないかい?

 今ならこの店の商品が試し放題だよ」


「えー、本当ですか?

 でも、私なんかよりも若くて可愛い娘は沢山いるでしょ?

 とりあえず皆にそうやって声をかけてるんじゃ無いですよね?」


「ははは。

 そんな事ある訳ないよ。

 僕が声をかけるのは僕の化粧品が似合う君みたいな可愛い娘だけだからね」


 歯の浮くような持ち上げの言葉を続けたゼアルはリリスが聞いていたハビスカの香水の瓶をショーケースからひとつ取り出し、リリスに手渡した。


「お代はいいからまずは使ってみてよ。

 そして、使ってどうだったかの後で感想を聞かせて欲しいんだ。

 食事でもしながら……ね。

 本当はもう少し話をしたいけどこの後に予定があるから残念だけどまたお店に来て欲しいな」


 ゼアルはそう言うとウインクをひとつして奥に戻って行った。


「店長もああ言ってましたし、後日にでも使った感想を伝えに来店されてください。

 では、またのご来店をお待ちしております」


 女性店員は何事も無かったようにリリスが渡された香水を包んでくれてから見送ってくれた。


「何あれ? ナンパ癖のある店長?

 それともリピーターを作る為のサービス?」


 リリスの感想に僕も黙って頷いた。


「とにかく、あまり関わりたくない部類の人だとは分かったわね。

 ナナリーの相手がならばちょっと考えた方が良いかもしれないわね」


「まあ、アレは商売上の対応でナナリーには実は凄く誠実だったりしてたらどっちが本当の彼か分からないよな」


「この件は今度ナナリーと会ったときにでも話してみるわ。

 あっ、そろそろ待ちあわせの時間になるからギルドへ急ぎましょう」


 リリスはそう言うと貰った香水をカバンに入れて僕の手を握ると斡旋ギルドへと向かった。

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