第78話【情報の擦り合わせと眠れない夜】
温泉から上がった僕は併設されているカフェで紅茶を飲みながらリリスを待っていたがなかなか出て来ないのでケーキも頼んで待っていた。
「おまたせ。ごめんね遅くなって」
ちょうど頼んだケーキが運ばれてきたタイミングでリリスが現れ「なにそれ美味しそう! ナオキだけずるい。私も食べたい」と言ってすぐに同じ紅茶とケーキを追加で注文した。
「それで? 遅くなったのには訳があるんだろ?」
リリスは基本的に時間に几帳面なので多少の誤差はあってもトラブルでもない限り大幅に遅れる事は無い。
だからこそ仕事面での信頼は高い。だが、逆を言えば遅れると言う事は何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性が高いと心配させる事にも繋がる。
今回は宿の温泉内との事でそこまで心配は無かったが、情報収集でトラブルがあったのかとは思ったので聞いてみたのだ。
「まあね。大きなトラブルはないけれどちょっとナナリーさんから相談を受けて女性専用の休憩室で話を聞いてあげてたので遅くなったの」
「ナナリーさんから?
温泉でナナリーさんと会ったのか?」
「ええ、情報収集に二人組みの女の子達と話していたらナナリーさんから声をかけられて、その流れで個人的な相談を受ける事になったの」
「それで相談事は解決したの?」
「いえ、全然……。
私の一番苦手な分野の相談でしたし、情報が少なすぎて判断が出来なかったですから……」
「リリスで判断出来ないのなら僕には絶対無理な相談だね」
「それがそうとも言えないんです。
相談内容なんですけど、ナナリーさんの恋愛相談で話を聞いてると相手の男性の意図がよく分からないんです」
「意図が分からない?」
「はい。ナナリーさんはまだ15歳と若いじゃないですか、ですからまだ化粧は必要ないと本人が言ってるにも関わらずしつこく化粧を薦めるそうなんです」
「ふむ、そうだね。
男の視点からと言うか僕の考えからすると『ナナリーさんはまだ15歳とはいえ案内嬢をしている、いわゆるお客様対応の仕事をしている人』だからきちんと化粧をしていて欲しいからきてるんじゃないかな?」
「うーん。でも、それって単なるその人の願望を女性に押し付けてるだけなんじゃないのかな?」
「まあ、そうだね。
実際にナナリーさん自身が必要性を感じない事と周りから同様の指摘がない事から考えるとその男性の願望の押し付けって線が強いかもしれないね。
で、どんな男性なの?」
「私も名前と年齢を聞いただけで見たことも会ったことも無いから分からないのよ。
一応、名前はゼアルって人で年齢は22歳って言ってたわ」
「ゼアルだって?」
「知ってるの?」
「いや、さっき温泉でたまたま話しかけた人がゼアルって名乗ってたからびっくりしただけだよ。
そう言えば彼、薬師だと言ってたな」
「偶然……なのかな?」
「それだけだと何とも言えないな。
まあ、とりあえず顔は分かるから何かあったらすぐに教えるよ」
「ありがとう。
私も相談に乗った手前、何かあったら気分が悪いからね」
僕達はそんな事を話しながら夕食を食べて部屋に戻り明日の準備を終えてから休む事にした。
* * *
夜になり、明日の準備も終わった僕達は先延ばしにしていた問題をベッドの前で思い出した。
「そう言えば一つしか無かったね。ベッド……」
リリスの言葉に「そうだったね」と返す僕に「まあ、無いものは仕方ないから一緒に休みましょうか」とリリスが答える。
(しかし、まだ婚約もしてない若い男女が
僕が悩んでいるとリリスは特に気にする事もなくさっさとベッドに転がり込んで反対側までくるくると転がっていった。
「こっち側が私の場所ね」
リリスがベッドの上でパタパタと足を動かしながら照れ笑いをする。
その仕草が可愛すぎて僕はリリスを直視出来なくなり、くるりと反対側を向いて大きく深呼吸をした。
「なに? どうかしたの?」
天然なのか何も考えていないのかそれとも誘っているのか笑顔のリリスが小悪魔に見えて仕方なかった。
しかし、いつまでもこうしている訳にもいかず、ましてやダブルベッドの部屋を借りておきながら床やソファで寝るなど遠慮を通り越して避けているようにとられるので僕は遠慮しながらリリスの横に寝転んだ。
「やっぱりダブルって大きいんだね。
ふたりで寝てもまだ余裕があるからもう少し小さくないとくっついてられないね」
掛け布団をかけて並んで寝ると自然に手と手が触れ合う。
ドキリとしながらもそっと彼女の手を握るとそれに呼応して握り返してくる。
「今はまだこれでいいのよね?」
リリスが首をこちらに向けて微笑みながそう呟いた。
「ありがとう。リリス」
何故か僕から出た言葉は感謝の言葉だった。
「ふふふ、私もありがとう。
おやすなさい」
そう言ってリリスはスヤスヤと僕の側で眠りについた。
(野営では側で寝る事もあったのに、隣でこうも無防備な寝顔を見せられるといろいろと想像してしまう)
こうして、なかなか眠れない夜は更けていった。
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