第73話【リリスの拠点宿の選択基準】
「そうね。この宿にするわ」
最後に案内された宿の前でリリスはそう告げた。
「了解しましたが、一応これからの仕事の参考にしたいので理由を聞かせて貰っても良いですか?」
ナナリーは自分のオススメ順に案内をしていたので最後に案内したこの宿は自らにとって3番目にあたる宿だった。
その理由を知りたくて聞いたのだが、リリスは当然のように話してくれた。
「私達はこのバグーダの町でおそらくだけど2ヶ月くらい活動する予定なの。
となると、長期宿泊の割引がきくこの宿が無駄なお金を使わなくて済むわ。
そうする事によって患者さんに多額の治療費を負担して貰わなくても良くなるでしょ。
それに、美味しいお酒や食事は飲みたい時や食べたい時に行けばいいでしょ?
せっかく温泉が有名なバグーダに来てるならお風呂が良いほうが嬉しいと思わない?」
リリスの言葉にナナリーは頷き「なるほど、そうですね」と同意してくれた。
「では案内も終わりましたし、私は仕事に戻りますので宿泊の手続きはご自分でお願いしますね。
ナオキさん。
治療のお礼も兼ねて今度食事でもご一緒出来たらと思います。
では、また」
ナナリーは一方的にそう告げると案内所の方へ歩いて行った。
「今度食事でもご一緒に……ですって。どうするつもり?」
リリスがジト目で僕を見上げてきたので僕は冷や汗をかきながら「もちろん断るつもりだよ」と答えた。
「まあ、アーリーさんの娘だし斡旋ギルドと揉めると面倒だから完全に拒否も難しいでしょうけど、食事の後の誘いにだけは乗らないでよね」
「それはもちろん約束するよ。
彼女はまだまだ考えが幼いからそういった事をしてくるとは思えないけどね」
「その考えが甘いわよ!」
僕のことにリリスがピシャリと反論する。
「アルフさんが言ってたでしょ『妹のアーリーはギルドのためなら色仕掛けでも何でもする』って、しかもサナールで治療した時にも口説かれてたじゃないの」
「ああ、そんな事もあったね。
でも、今の僕には
真顔で答える僕にリリスは顔を赤くして「そんな恥ずかしい言葉を店の前で言わないでくれる?」と言いながら「ありがとう」と呟いた。
その後、僕達はその宿『天然温泉タダノユ』に2ヶ月の予定で部屋を借りる事にした。
「……とりあえず1泊してから決めてた方が良かったかな?」
部屋に案内された後でリリスがそんな事を言ったのには訳があった。
「どうせ、昼間は訪問診察に出るのだから多少部屋が狭いのはたいした事ではないけれどベッドがひとつなのは想定外だったわね」
そうなのだ、割引の効く部屋の中で空いていたのはダブルベッドひとつしか無い部屋だった。
(まあ、確かにベッドサイズはダブルサイズだから2人部屋と言われても間違いでは無いが、まだ夫婦でない僕達が一緒に寝るには倫理的に問題ありありなんじゃないか?)
「で、どうする?」
「どうする? と言われても、もう契約しちゃったし、今さら部屋を変えてくれも言いにくいわよね」
「そうだな」
「あはは、まあ少し恥ずかしい気もするけど問題ないでしょ」
リリスはベッドに腰掛けて足をパタパタさせながらそう言った。
「まあ、野営の時も寄り添って寝てたんだし、気にしたらきりがないわよ。
それよりも斡旋ギルドへ連絡を入れておかないといけないわね。
荷物を置いたらすぐに行ってみましょう」
自ら選んだ宿で確認漏れも重なり
* * *
「すみません。
ギルドマスターに伝言とメモを渡して欲しいのですがこちらで大丈夫ですか?」
僕は先に飛び出したリリスを追いかけて斡旋ギルドの前で捕まえ、息を切らしながら一緒に入って受付嬢にギルマス宛のメモを渡した。
「あ、治癒士のナオキ様ですね。ギルマスは部屋に居られますがお呼びした方が宜しいでしょうか?」
受付嬢はそう言って席を立とうとしたので僕は慌ててそれを止めた。
「いえ、たいした用事では無いので呼ばなくて良いです。
ただ、この町での拠点宿を決めたのでその連絡をしておこうと思いまして伺っただけです」
渡したメモには僕達が契約した宿の名前と場所が書かれており『不在時の連絡は宿の受付に伝言または手紙を置いてください』と書いておいた。
「これでよし。
時間もまだ早いから少し町の散策でもしてから宿に戻ろうか?」
(町の雰囲気も知っておきたいし、情報収集も兼ねて昼食を外で食べ歩くのも楽しいかもしれない)
僕はそう考えてリリスを誘って町に出かけた。
「バグボアの串焼きはどうだい?」
「カトリスの温泉玉子はいかがですか?」
「ロピカのジュースが美味しいよ」
観光を主要産業にしているだけあって商店街は賑やかだった。
(折角だから話を聞いてみるかな)
僕は串焼きを頼んで焼いて貰っている間、店主に話しかけてみた。
「僕達はサナールから来たばかりなんですが、この町は温泉もあって活気にあふれてるんですね」
「おうとも。
おかげで観光客相手に串が売れて助かってるぜ」
焼きあがった串焼きを僕に渡しながら店主は豪快に笑った。
(人は景気が良いと元気になるからこの町ではあまりやる事がないかもしれないな)
「それは嬉しい悲鳴ですね。
うん、この串焼きも美味しいです」
「だろ! また買ってくれよな」
串焼き屋の店主にお礼を言って僕達は次の屋台へと移動した。
結局、10軒ばかりの屋台を回っていろいろと買っては話を聞かせてもらった。
「それなりに情報は集まったね。とりあえず帰って検討してみようか」
僕はそう言うと食べきれなかった食べ物をアイテムボックスへとしまい込んで宿へ向かった。
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