第71話【温泉で縮まるふたりの距離】
「あっ、いや。そういう意味で言ったんじゃないんだ」
リリスの様子を見て、僕は
「ナオキは私と一緒にじゃ嫌なんだ……」
僕の言葉にリリスは下を向いたままポツリと呟いた。
(あああっ!
しまった、またやらかしてしまったようだ)
僕は内心焦りながら何とか挽回出来そうな言葉を探す。
「あっ、いや。そういう意味で言ったんじゃないんだ」
しかし、
「じゃあどういう意味よ?」
僕の方を向いたリリスの目には涙が浮かんでいた。
「ごめん。
僕の言い方が悪かった」
僕はまずリリスに謝ってから言葉を続けた。
「部屋に露天風呂がある事をすっかり忘れていて大浴場に行くつもりで言った言葉だったんだよ。
でも、よく考えたら『部屋風呂に一緒に入ろう』的な意味に取られかねない発言だったと思っての言い訳だったんだ」
僕の言葉を聞きながら僕の顔をジッと見るリリスに冷や汗をかきながら彼女の言葉を待った。
「――分かった。そういう事にしておいてあげるわ」
意外にもあっさりと納得してくれた事に驚きながらも内心ホッとした僕にリリスが言った。
「せっかくこんな良い部屋にしたんだから部屋の温泉に入ってきたら?
私は後で入らせてもらうから心配しなくてもいいわ」
リリスの言葉に機嫌が治ったと思った僕は「ありがとう。なら先に入らせてもらうよ」と言って着替えの準備を始めた。
この時、リリスが静かにほくそ笑んだ事には全く気づかずに……。
* * *
――準備の済んだ僕はひとりで部屋の露天風呂に入っていた。
「ふう、気持ちいい。この世界にも風呂があると分かった時も嬉しかったが、まさか温泉まであるとは思わなかった。
元々温泉は好きだったからこの町は好きになれそうだし、この町での役目が終わってもまた来たいと思える町になりそうだな」
ゆっくりと温泉に浸かりながらぼんやりとそんな事を考えていると『カラカラ』と入口のドアが開く音が聞こえてきた。
「リリス?」
僕は思わずそう聞いていた。
キシキシと床を踏みしめる音が聞こえてきたと思ったら浴室のドアがそっと開けられた。
「えへへ。バレた?」
そこにはバスタオルをきっちり巻いてはいるが他には何も身につけていないリリスの姿があった。
「リ、リリス!? まだ僕が入ってるんだけど……」
「それは見れば分かるわよ。
だから『後で入らせてもらうから』って言ったじゃない。
ナオキが先で私が後。
どこかおかしい事でもあるの?」
リリスは小悪魔的な笑みを浮かべて僕に歩み寄る。
「いつもナオキには助けてもらってばかりだから背中くらい流させて貰っても良いじゃない?
それとも私じゃ駄目なの?」
いつも以上に積極的なリリスに抵抗するだけ無駄だと感じた僕は「分かった、是非お願いするよ」と言って湯船から上がりリリスに背を向けた。
「お兄さんいい
これは洗いがいがあるわ」
リリスがなんとなくオヤジギャグ的な言葉を発しながら側にあった石鹸をタオルに染み込ませて僕の背中にあてがった。
背中を
(そろそろ次を考えないといけない時期なのかな)
背中を流してくれるリリスの気配を感じながら僕はどう切り出そうか考えていた。
「ねえ、せっかくだから私も入っていいかな?」
後ろから肩に手を置いたリリスが僕の耳元で
心臓がバクバクする音が彼女にまで聞こえるのではないかと思うくらいに鼓動が早まる。
「君が嫌で無ければ……」
激しく動揺した僕から出た言葉はなんとも男らしくない返事だった。
「嫌だったらそんな事を言わないし、まずこんな所へは来ません。
だいたいこんな時は『もちろん良いよ』と言うのが正解だと思うんだけどな」
リリスの呆れた声が後ろから聞こえてくる。
「いや、ごめん」
恋愛ヘタレの僕は7つも年下のリリスに主導権を握られたまま半強制的に混浴することになった。
「とは言ったけど、実は私も少しだけ恥ずかしいからまずは向こうをむいてくれると嬉しいかな」
その言葉に僕はサッと身体を流して壁を見ながら湯船に浸かる。
後ろではリリスがお湯を身体にかける音が聞こえてきて思わず息をのむ。
「それじゃあ失礼して……」
背後にリリスの気配がしたと思ったら背中にお湯とは違う人肌の温もりを感じた。
「あー、良いお湯ね。ふたりで入っても足が伸ばせる広さって凄く贅沢よね」
背中合わせで湯船に浸かる僕達はお互いを意識しながらもあと一歩が踏み出せないでいた。
「なあ、リリス」
「ん? なに?」
(数ヶ月前に告白されて、リリスの若さに臆病になり恋人関係どまりにしていたけれど、これだけアプローチされて知りませんは無責任だよな)
「この町での僕の役目が終わって別の町に行く前に正式に婚約をしようか。
おそらくこの町でも2ヶ月もあれば僕を必要とする患者さんは激減すると思う。
この先、大きな町に行くかどうか分からないからここで誓いを立てようと思う。
もちろん、君さえ良ければ……だけどね」
僕の
「本当!? 凄く嬉しい!
絶対に、絶対に、絶対に約束だよ!」
リリスからは嬉し泣きの声が聞こえ、僕は何度も『嬉しい』を繰り返すリリスの柔らかな身体の感触に耐えながら責任を噛み締めていた。
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