第65話【村長の素顔と緊急事態】

「おう!ちょっと待ってな。この料理が出来上がったらそっちに行くから」


 厨房から声が返ってきたのを目を丸くしながら聞く僕達に、とりあえずそこのテーブルで待つようにと少女がお水を持ってきた。


「せっかくだから何か飲み物でも注文する?」


 食堂のテーブルで、ただ座って待つのも悪い気がしてリリスがそう言い少女に紅茶を二人分注文した。


「しかし、驚いたな。

 まさか村長が宿屋の料理人をやってるとか考えもしなかったよ」


 僕が素直な感想を言ってるとリリスも「私もよ」と頷いた。


 そんな事を話していると厨房からまだ若い20代にみえる男性が紅茶と焼き菓子をトレイに乗せて現れた。


「待たせたかな?

 オクリ村の村長を任されているバークだ。

 何か聞きたい事でもあるのか?旅の人」


 小さな村ならではなのか、いかにも『村長』な人物ではなくその辺に居る料理屋の大将的な話し方に僕は少しばかり驚いたが逆に気を張らなくていい事に安堵した。


「僕はナオキと言います。横にいる彼女はリリスと言います。

 噂くらいは聞いているかもしれませんが領都で治癒士をしていました。

 領都での僕の役目が終わったので各地を回りたいと思い、まずはお隣のバグーダの町に行く途中に村に寄らせて貰ったのです」


 僕はバークに領主様からの免状を提示してから話を続けた。


「これはアーロンド伯爵様から領内での治癒士としての活動を認めて頂いた免状です。

 もし、この村に住まれている方の中に薬師の薬では治せない怪我や病気に困っている女性が居られるならば診療を受ける事が出来ますが、そういった方を知ってはいないでしょうか?」


 バークはナオキの提示した免状を確認しながら「うーむ」とうなり少し考える素振りを見せたが頭を振ってから静かに答えた。


「見てのとおりこの村はサナールとバグーダの中間地点にある小さな村だ。

 私が宿屋の主人と村長を兼任するくらい村の住人は少ないし、年寄りばかりで細々とやっている。

 緊急性のある怪我や病気の者も心当たりはないし、せっかくの申し出だがまたの機会に頼むとしよう。

 まあ、旅の途中だろうから美味うま料理メシでも食ってゆっくり休んでいってくれ」


 バークは豪快に笑うと僕に免状を返してから厨房へ入っていった。


「依頼が無いのはいい事だよね。

 明日にはバグーダに向けて出発するんだからお言葉に甘えてゆっくり過ごしましょうか」


 リリスはそう言うと出された焼き菓子をひとつつまんだ。


「あっ、美味しい」


 思わず頬が緩む。


 カルカルで育ち、先日まで領都サナールに住んでいたリリスは美味しいお菓子のお店はよく知っていた。


「正直言ってこんな小村の宿屋で出てくるレベルじゃないと思うんだけど、これあの村長さんが作ったんでしょ?

 領都でお店を出しても通用するんじゃないかな?」


 リリスは紅茶を飲みながら出された焼き菓子のレベルに感心する。


「明日の出発時にお土産でお願いしようかしら」


 リリスの言葉に「夕食の時に頼んでみたら?」と返した僕もひとつ焼き菓子を食べてみた。


(なるほど、これはなかなかの物だな。

 もう少し甘さがあればもっと美味しくなるんだろうけど砂糖はこの世界では高価な調味料のひとつだから仕方ないだろう)


 僕はそんな事を考えながら「まだ夕食まで時間があるから村を歩いてみないか?」とリリスを誘って村の散策に出かけた。


   *   *   *


 宿屋を出ると見事な農村風景が目に飛び込んできた。


 一応、村に来た時も見ているはずなのだがその時は他の人達と話しながら歩いていたのであまり周りが見えてなかったのだろう。


「とりあえず、一通り廻ってみようか?」


 僕の言葉に頷くとリリスは僕の横に並び、手を握って一緒に歩き出した。


 村とはいえ、一応の基本的な施設は揃っているようで、宿屋に始まり食堂に食料や衣類を売る雑貨店などが村の中心地に集まっていた。


「村の外側はほとんど畑なんだね。

 村長さんはお年寄りばかりしか居ないと言ってたけど確かに農作業に従事しているのは年配の人が多いみたいだな」


「そうみたいね。

 自給自足を中心に私達のように旅人の休息地として守られてきた村なのでしょうね」


「村で育ってもすぐ隣に大きな町が2つもあれば働きに移住する事はけして珍しい事ではないんだろうね」


 僕達は長閑のどかな風景を眺めながらも少し寂しさを感じながら村を見て廻った。


 その後、雑貨屋でいくつか買い物をしたあとで宿屋に戻ると受付にいた少女が慌てた様子で僕達のところに駆け寄ってきた。


「あっ!帰ってきた!

 おねがいでしゅからいっしょに来てくだしゃい!」


 少女は僕の手を引っ張って奥の部屋に連れて行こうとする。


「どうしたの?

 誰かが怪我でもしたのかい?」


 手を引かれながら少女に問いかけるが気持ちが焦っている少女には聞こえないらしく返事がない。


 やがて少女は部屋の扉の前で立ち止まり中に向けて叫んだ。


「おとうしゃま!

 開けてくださしゃい!

 おかあしゃま!おかあしゃま!」


 その言葉に僕達は少女の母親を見ていない事に気が付き、もしやとばかりに叫んでいた。


「バークさん! ナオキです!

 奥様が危険な状態なのですか!?

 とにかくドアを開けてください!」


 やがてドアがカチャリと音を立てて開く音がして中から全ての覇気を無くした見る影もない姿のバークが現れた。


「妻が……」


 バークはその一言を呟くとその場に倒れ込んだ。

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