第58話【薬師ギルドマスターとの和解】
領主との約束から3ヶ月、本当に忙しい日々を送ったナオキ達はあらかたの治療を終えて旅立ちの準備に入っていた。
数百人にものぼる重症患者の治療にもはや領都に治癒士ナオキの名を知らない人は存在しないのではないかと思える程の貢献度で、治療した本人以上にその家族や知人達からの感謝の言葉が絶える日は無かった。
「本当に領都を離れられるのですか?」
ある日、旅立ちの準備を進める僕達の前に薬師ギルドのノーラが訊ねてきた。
「ああ、ノーラさんですか。
ええ、この街での僕の役目はあらかた終わったと思うので後は薬師さん達にお任せしますよ。
あれから薬師ギルドも結構大変だったでしょう?
僕が言うのもおかしいかもしれないけれど女神様から授かった治癒魔法を必要としないレベルに薬師教育を施すとか不可能でしょう?」
「ええ、もちろんそれは
ノーラは軽く数回咳をすると「まあ、実際それが凄く大変なんだけどね」と苦笑いをした。
「ノーラさんはどこか身体の調子が悪いところは無かったですか?
まあ、ギルドマスターですから腕の良い薬師はご存知でしょうし、僕の治療は必要ないでしょうけどね……ですが、ちょっとだけ診断をさせて貰っても良いですか?」
「どうかしたの?」
珍しく食い下がる僕にリリスが疑問を投げかける。
「いや、ちょっとノーラさんの咳が気になってね。
大丈夫、体調を確認させてもらうだけだから……」
僕はそう言うとノーラに鑑定魔法を使った。
「――
見た目に元気なノーラのどこが悪いのか分からないリリスはその様子をじっと見つめていた。
「やっぱりそうか……」
僕はそう呟くとノーラに向かって説明をした。
「呼吸器官が炎症を起こしてるだけだったけど、少しばかり影があるようだね。
すぐにどうこうなるレベルでは無いけれど、疲れも溜まっているようだし腕の良い薬師に見てもらって調薬をしてもらうといいと思うよ」
ノーラの病気が酷くなかった事に僕はホッとしてアドバイスをした。
「――せっかくだから治してあげたらどうですか?」
側で話を聞いていたリリスが突然そんな事を言い出した。
「えっ? でも、そこまで酷い状態ではないのですよね?」
ノーラはリリスの言葉の真意が分からずに聞き返した。
「まあ、確かに軽度の患者は薬での治療を優先させるのが決まり事だから戸惑うのも分かるけど……なんか悔しいじゃない。
ナオキの凄さは治療を受けてみないと分からないかな……と思ってね。
記念に受けておくのもいいかなと思って言ってみたの」
「記念……って、何だよそれ?」
だが、リリスの言葉に反応したのはノーラではなく僕の方だった。
「あはははは。
リリスさんは本当にナオキさんが大好きなのですね。
良いですよ。そこまで言われるのならば是非ナオキさんの治療を施して貰えますか?」
突然ノーラがそう言うと僕の前に立ち胸を突き出した。
「な、何を!?」
「あら、あなたの治療には胸を触らせないといけないんじゃなかったかな?」
ノーラの行動に動揺する僕を見てリリスがフォローに入る。
「ノーラさん。
いくら何でも緊急治療では無いのですからこんな所で立ったまま治療とはいきませんよ。
片付けで少々散らかってますけど診察室へどうぞお入りくださいね」
リリスの言葉にノーラは頷き、彼女の誘導により診察室へと歩を進めた。
「では、そこに座って楽にしておいてください。
なに、部位欠損とかではないのですからすぐに終わりますよ」
僕はそう言うと彼女の胸元に手を触れていつもの魔法をかけた。
「――
魔力の注入が始まり、手に伝わる何とも言えない柔らかな感触から意識をそらすように目をつむる僕にノーラが話しかけてきた。
「でも、本当にごめんなさい。
あなた達には結果的に随分と迷惑をかける形になってしまって悪いと思ってる。
今回の件で今、領都は全体的に健康な人が増えて街全体が活気に溢れているの。
その根底にはあなたの行動が関わってる事は間違いない。
薬師達も自分の存在意義を見直すいい切っ掛けになったとしてるわ」
そう話すノーラの身体に変化が訪れた。
「ああ、なるほど。
これがあなたの治癒魔法の感覚なのね。
聞いていた通り、身体の中心から全身にかけて気持ちのいい感覚が伝わるのが分かるわ」
やがて魔法注入も終わり、治療が完了すると僕はノーラに「身体の調子はどうですか?」と聞いた。
「胸の奥にあったモヤモヤもすっかり消えた気がするし肩のコリも腰の痛みも全身のだるさも全く無くなってるわ。
これは完敗どころの話じゃないわね」
苦笑するノーラに僕は「
「――今日はいろいろと話せて良かったわ。
治療もして貰ったし、あなたの凄さも実感出来た。
追い出す形になったのは申し訳無かったけど
出来ればこれからも私達の手に負えないところを支えて貰えればそれが患者さんの利になると信じているわ」
ノーラはそう言うと右手を出して握手を求めた。
「僕は僕に出来る事をするだけですよ」
僕はその手を握り返すとそう答えて笑った。
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