第57話【治癒魔法の使いすぎには注意が必要】

 話が決まってからの毎日はかなりのハードスケジュールだった。


 診療所の直接受付を止めた為に斡旋ギルドにはかなりの問い合わせがあったそうだが領主様の名前で理由を説明されて領民達はしぶしぶながらも受け入れてくれた。


 それに伴って薬では治せない、又は長期間改善の兆しの無い患者の問い合わせが相次ぎ、結果的に診療所の待合室はいつも満員状態だった。


「本当に娘の病気は治るんですか?」


「この動かなくなった足が元に戻ると聞いて来たのですが……」


「片目が見えないのだけどもう5年は過ぎてしまって……流石に無理ですよね?」


 流石に薬では治せないレベルの患者達が多数ギルドから送られてくると「まだ、こんなに治療が必要な人達が居るのか」と驚きを隠せない僕にリリスがそっと教えてくれた。


「ナオキ、この領都にどのくらいの人が住んでいると思ってるの?

 少なくとも10万人は住んでるし、その約半数は女性なのよ。

 もちろん重い怪我や病気の人ばかりじゃないけどナオキの治療を受けたい人は千人くらいは居ると思うわ」


「せ、千人?……。本当に3ヶ月で終わるのか?」


「まあ、正直いって数は適当に言ったから分からないけど、毎日10人くらい診察すれば月に300人くらいになるから3ヶ月で間に合うんじゃないかな?」


「まてまて、それって僕に一日も休むなと言ってるのか?

 魔力だって無限じゃないんだぞ。

 特に部位欠損なんかは魔力をゴリゴリ削られるんだからな」


 実は治療魔法も万能じゃ無い事を思い知らされた場面もあったのだ。


   *   *   *


 ――その日も朝から忙しかったのだが、運悪く部位欠損の依頼が重なった日だった。


「はい、もう良いですよ」


 本日4人目の部位欠損修復を終えて僕は深いため息をついた。


「くはーっ! 疲れたぁ。

 今の患者さん肩から完全に無かったから修復に相当な時間がかかったな。

 今日はあと何人予約が入ってる?」


 あくびをしながら僕はリリスに尋ねると彼女は「左手の人差し指欠損の方が1人です」と答えた。


「そのくらいの治療ならば、なんとかいけるか……」


 身体のだるさを感じていたが、あと1人と聞いて何とかしようと患者の治療を始めた。


完全治癒ヒール


 魔法の発動から魔力注入が始まり指の再生を何とか終えた僕は診察室の椅子に深く座り込み肩で息をしていた。


「本当にありがとうございました」


 治療が終わり、涙ぐみながらお礼を何度も言う女性をリリスが診療所から見送ると急いで僕の側に戻ってきた。


「ナオキ、大丈夫なの!?」


 リリスは診察椅子にぐったりとしている僕を見て慌てて側のベッドに移動させた。


「うーん。頭がガンガンするし目の前がぐるぐると回ってる」


 ベッドに横になった僕は仰向けになり天井が回る感覚に酔いそうになりながら目をつむった。


 側ではリリスが心配そうな顔で僕を覗き込んでいたがふと何かに気がつくとバタバタと台所へと走って行った。


(あー、多分これは魔力の使いすぎなんだろうな。

 ゲームとかだったら自分の魔力MPの残り数値とかが表示されて自分の状態が分かるんだろうけど、そんな便利な能力スキルは無いようだし……これはもう寝てるしか無いかな)


 僕が朦朧もうろうとした意識の中で考えていると突然、ひたいに冷たい何かが乗せられた。


「冷た!?」


「あっ、冷たすぎた?

 普通に井戸水で濡らしたタオルを絞っただけなんだけど……」


 どうやらリリスは濡れタオルを絞ってきてくれたようで、初めは冷たいと思っていた温度がすぐにぬるく感じて自分が熱を出しているのに気がついた。


「うー。魔力を使いすぎると熱が出るのか……。

 こんな経験は初めてだから治し方も分からないんだよな。

 多分だけど寝てれば治るとは思うんだけど……」


 僕の様子に心配そうな表情のリリスは今度は水桶を持ってきてタオルを何度も替えてくれた。


「解熱剤を飲む?

 それとも栄養のある食事?

 ああ、お水をしっかり飲ませなきゃいけないんだっけ?」


 日頃、仕事に関しては冷静・正確に処理出来るリリスだが、こと僕の事になると時々あたふたしてポンコツになる事がある。


「大丈夫だ。そう心配するな」


「でも、私が病気で倒れてもナオキが治してくれるけど、あなたがこうして倒れても私じゃ治してあげられない」


 リリスが涙を浮かべながら僕の手を握る。

 その手のぬくもりも僕の熱のせいで冷たく感じられたがそれが心地よかった。


「リリスの手は冷たくて気持ちいいな。

 少しだけ休みたいから暫くこうして側に居てくれるかい?」


 先程より少しだけ回復した僕は彼女に微笑みながら意識を手放した。


   *   *   *


 次に僕が気がついた時には彼女は居なかった。

 手の感覚や身体のだるさに問題は無く、いつもと同じ感覚に内心ホッとした。


 魔力が枯渇こかつしたら治癒魔法女神の祝福が消えたとなったら僕の存在意義が無くなるのでは無いかと恐怖を覚えたからだ。


「あっ、目が覚めたの?

 身体の調子はどう?

 食べられそうならば朝食が出来てるので一緒に食べない?」


 ベッドから起き上がって身体の調子を確認していた僕を朝食を作っていたのだろう、エプロンをしたままのリリスが目の前に現れた。


「とりあえず問題はなさそうだよ。

 あと、朝食は食べたいな。

 昨日の夕食を食べ損ねたからお腹がペコペコだよ」


 僕の言葉に安心したのかようやく笑顔が戻ったリリスは「あまり無理をしないでくださいね」と言い朝食の準備を再開した。


 ――その日の朝食はいつも以上に美味しく感じられた。

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