第59話【旅立ちの準備を終えて】

 今日は旅立ちの準備をあらかた終えて僕達は斡旋ギルドへと来ていた。


 領主家との約束で街を出る時には斡旋ギルドへ報告を義務付けられていたからだ。


 ――からんからん。


 何度も聞いたいつものドア鐘の音が響いた。


「すみませんがギルドマスターは居られますか?」


 僕は受付嬢のユリナにギルマスと連絡がとれるか確認する。


「あ、ナオキ治癒士。

 ギルマスは今、来客対応をしてますので少しだけ待って貰えますか?」


 この3ヶ月の派手な治療活動の為に斡旋ギルド内では治癒士の職業が認められて『ナオキ治癒士』と職業込みで呼ばれるようになっていた。


「とりあえず、第一応接室へご案内しますのでそちらでお待ちください」


 ユリナが僕とリリスを連れて第一応接室へと向かう。


「街を出られるのですか?」


 歩きながらユリナが僕に尋ねる。


「どうしてそれを?」


 僕の問にユリナは歩きながら小声で答えてくれた。


「最近、ナオキ治癒士が多くの患者さんを診ているのは街を出る準備だとギルド内で噂になってたんです。

 まあ、噂の出どころはギルマスなんですけどね。

 ナオキ治癒士がギルマス自分を呼んだ時は引き止めておくようにと受付嬢には通知が出ていたんですよ。

 それで理由を聞いたらそういった内容だったので多分そうなのかなと思った訳です」


(ああ、なるほど。

 領主様との話はちゃんとギルマスに伝わってたんだな。

 それならば話はすぐに終わるだろう)


 僕がそう考えながら案内されるままに応接室のソファに座ってアルフギルドマスターがくるのを待った。

 約10分後、入口のドアが開きアルフギルドマスターが部屋に入ってきた。


「すまない。待たせたか?」


 アルフはそう言うと僕達の前のソファに座り、いくつかの書類とアイテムをテーブルに並べた。


「街を出るんだろ?

 治療の依頼が止まったからそろそろ来るんじゃないかと思って準備をしてたんだ」


 アルフの言葉に僕は頷いて「いろいろとお世話になりました」と頭を下げた。


「いやいや、斡旋ギルドこっちも君にはかなり助けられた場面が多々あったし、リリス君の件では単純に規則にあてただけの審査でギルドを退職する事になったのはこちらのミスだった。

 それに関してはすまなかったと思う。

 だが、復職する意思が無いとも聞いているので今更ながらで悪いが退職手当を支給する事になった」


 アルフはそう言うと僕達に頭を下げた。


「それと、この書類は領主様からで、この領都サナールを中心としたアーロンド伯爵領内の町や村に限るが治癒士としてのお墨付きを認める書類だ。

 サナールではもう君の治療方法を知らない者はそう多くないが他の村や町ではそうでないだろうから万が一治療の為に女性に触った際、衛兵に捕まりそうになったらこれを提示するようにとの事だ」


 アルフはそう説明すると書類の横にあった布袋を前に出した。


「それと、この布袋は領主家からの餞別せんべつと言う名のお礼だそうだ。

 君には奥方の腕の治療から始まり数多くの領民の治療に尽力をつくしてくれた事、薬師ギルド政治的配慮の為に君に不利益を与えた事による詫びも兼ねているそうだ」


 布袋を受け取るとズシリとかなりの重さがあり、それなりの額なんだろうと容易に推測出来た。


「それで、街を出て何処に行く予定なんだ?

 やっぱり王都へ向かうのか?」


 アルフの言葉に僕は首を振り行き先を告げた。


「もちろん王都には興味がありますのでいつかは行ってみたいと思ってますが、せっかくの縁がありましたのでまずは領内の町や村をまわって見たいと思ってます。

 それで、手始めにお隣のバグーダの町を訪れてみようと思います」


 その言葉にアルフの顔がわずかに引きつるのが分かった。


「バ、バグーダか?

 確かにあそこはカルカルの町に次ぐ第三の町ではあるが、あそこの斡旋ギルドのギルドマスターは君に治療をしてもらった私の妹だぞ?

 あれは、我が妹ながら自分のギルドの為になると思ったら手段を選ばずにそれこそ色仕掛けでもなんでも仕掛けてくる事があるから君に迷惑をかけるかもしれないぞ」


「そう言えばそんな話を聞いたような気もします。

 たしか、アーリーさんとナナリーさんだったと思うけど、治療後にアーリーさんに町に来るようにとお誘いを受けたけど断った記憶がありますね。

 そうか、あのふたりの居る町だったか……」


 僕か少しばかり考え込んでいるとアルフは「悪い事は言わないから他の町にした方が良いんじゃないか?」とやんわりと他に行く事を薦めた。


「いえ、バグーダで大丈夫ですよ。確かに向こうに行っても斡旋ギルドには顔を出しますが、所属を変更したりはしませんから無茶な要求はして来ないでしょうし、それなりに大きな町ならば僕の治療を受けたいと考える方も居るかもしれません。

 ですのでバグーダに行って見たいと思います」


 僕の言葉に深いため息をついたアルフは側にあった紙とペンでスラスラと妹に充てた手紙を書き上げてくれた。


「どうしてもバグーダに行くならばこの手紙を持っていってくれ。

 向こうの斡旋ギルドで妹に捕まったらこの手紙を渡してくれ。

 絶対ではないがおそらく君達の活動に協力してくれると思う」


「ありがとうございます。

 今後も領都サナールに寄った時には伺うようにします」


 僕とリリスはアルフにお礼を言うとそれぞれの品を受け取りギルドを後にした。

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