第41話【リリスの里帰り④】

 ――かちゃり。


 僕達の待つ応接室のドアが開くと部屋の中の空気が一気に緊張モードへと変化していくのが分かる。


「待たせたな」


 ドアからは一人の壮年の男性が入ってくる。


「おや、君は確か治癒士のナオキ君だったかな?

 最近仕事はうまくいってるかね?」


 僕に対してラーズが簡単な挨拶をする。


「どうも、お久しぶりです。仕事の方は……まあまあと言ったところですかね」


 僕が簡単に挨拶を返すと横にいたリリスがラーズに頭を下げて言った。


「ラーズギルドマスター。

 この度は何かとご迷惑をお掛けしてすみませんでした。

 研修先のサナール本部にて個人的な理由によりギルド職務規定に抵触しまして認めて貰えるように交渉はしたのですが、なにぶん本部の重役おえらいさんは頭がかたくて是正しなければ退職クビと言われまして、こちらとしても許容出来ない事でしたので退職を選択させて頂いたという経緯になります」


 リリスは相手が元上司と言うことでこれまでの経緯を説明していく。

 もちろんこちらが不利になるような情報は全て省いてであるが。


「うーむ、なるほどな。

 確かにギルドにはそのような職務規定があるにはあるが……。

 君の言うとおり、職務中ではなく休暇中に個人的に行った友人等へのサポートになるから完全な規定違反とは言えないな。

 これが私の采配で処理出来る範囲であれば不問……は難しいかもしれないが注意・指導反省文で済ましていただろう」


 リリスの報告にラーズは苦笑いをしながら続ける。


「それで? 一度辞めたけど戻ってくる意思があるのか?

 君が優秀なのは分かっているから本部に掛け合って復職させる事も可能だが?」


 ラーズの言葉にリリスは静かに首を左右に振り「そのつもりはありません」と答えた。


「そうか……。

 いや、正直言って君が辞めたのはこのギルドにとっては結構痛手でな。

 まあ君も分かってると思うけど、ギルドの受付嬢ってのは良くも悪くもそのギルドの顔だ。

 その第一受付に居た君が何の前ぶれも無く辞めたとなっては今まで仕事の依頼に来ていた者達からすれば『何で?』となる訳だ。

 しかも、私達ギルドの上層部さえ理由を知らないとなると余計な憶測が出てくるもんだ」


「例えばどんな事ですか?」


 リリスの問にラーズは頭を掻きながら答えてくれた。


「こういった話は面白おかしく噂されると言うことは君も分かってるとは思うが……」


 ラーズは前置きをして話を続ける。


「人には言えない借金を作っていて夜逃げした又は売られた。

 とか、サナール本部の上層部から研修という名の引き抜きにあった。

 とか、未婚の女性しかなれないはずの受付嬢だけど実は子供もいる人妻だった。

 とか、他にも色々とあるが全部聞きたいか?」


「――もう十分です。

 結局、本部からの引き抜き以外はろくな噂さじゃ無さそうですし……」


 リリスは顔を引きつらせながら話の続きを打ち切った。


「――なら、ギルドとしての公式発表は『結婚の為に自己退職した』でいいんだな?

 まあ、本来ならば受付嬢が未婚でも既婚でも仕事がしっかり出来れば関係ないはずなんだがな。

 これも本部の上層部おえらいさんが勝手に取り決めた悪慣例なんだよな」


 ラーズはため息をつくと今度は僕の方を向いて話しかけてきた。


「で、君が我がギルドの顔であるリリス嬢を射止めた男性かね?

 確かに誠実そうではあるが特にイケメンでもないし、リリス君からするとかなり年上のような感じだがどんな手を使ったんだね?」


 ラーズはジロリと僕を品定めするような目で睨みつけてくる。

 まるで娘を嫁に貰いに来た男を見定める父親のような目つきだった。


「どんな手と言われても先に告白してきたのは彼女からなので、なぜ僕なのかは彼女に聞いてください」


 その言葉に驚愕し、目を見開いたラーズはギギギと音が聞こえそうな動作で首だけリリスに向けた。


「あっ、それ本当です。

 彼とは命を助けあった間柄ですから私にはもうこの人しかあり得ないんです」


 ニコニコと笑顔で笑いながら答えるリリスを『意味が分からない』とばかりに口をあんぐりとあけたままラーズは呆けていた。


   *   *   *


 数分後、再起動したラーズに話はもう終わったとばかりにリリスは僕にお詫びを兼ねたお土産を出すように言ったので特に深く考えもせずに収納魔法アイテムボックスから頼まれた品を出した。


「はい。これ、サナールの有名店で買ったお菓子です。

 奥様と一緒に召し上がってくださいね」


 お菓子を手渡そうとするリリスをそっちのけで僕の収納魔法アイテムボックスに釘付けになるラーズに僕が盛大に失言をした。


「あっ、収納魔法これって便利ですよね。

 でも、他に使ってる人は見たことないですけど、なんで他の人はこんな便利なもの使わないんですかね?」


「は?」


 ラーズは目を見開いたままリリスに尋ねた。


「リリス君。君は彼の収納魔法この事は知っていたのかな?」


「はい、もちろん。だって彼が初めてギルドを訪れた時に教えてくれましたから。

 それで荷物運びや引っ越しの仕事を斡旋したのも私ですからね」


 リリスがドヤ顔でラーズに話す。


「そ、そうか……。

 これ程の特殊な能力を持つ者がギルドを訪れていたのに私には報告が上がっていなかったとは……。

 リリス君は優秀だと思っていたが、意外とその辺りの認識が甘かったんだな」


 がっくりとテーブルに手をついて項垂れるラーズを不思議そうな顔で見るリリスが印象的だった。


  *   *   *


「分かった。もういいぞ」


 僕の能力について説明を受けたラーズは色々と諦めモードになり半分放心状態でリリスに退室の許可を出した。


「はい、色々とお世話になりました。

 今後は依頼人としてお世話になるかと思いますのでその時は宜しくお願いしますね」


 お辞儀をして部屋を出ようとする僕達にラーズが最後の言葉を投げかけた。


「リリス君。

 おそらく君のお相手は相当な重要人物としてギルドや国から認定されるだろう。

 そういう私も彼に助けを求める事案が出て来るかもしれない。

 その時はすまないが頼むぞ」


「はい。ラーズギルドマスターには良くして頂きましたので、出来る範囲になりますが協力する事を約束しますよ」


 もう、完全に僕を尻に敷く未来が見えるリリスの発言に僕は彼女に気づかれないように苦笑いをしていた。

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