第37話【斡旋ギルドからの治療依頼⑥】
魔力の流入が始まった時から場所を探す程の集中が緩んだ僕の手には今までに経験した事のない程の質量を誇る衝撃があった。
その暖かく柔らかい感覚が目隠しのせいで五感の触感が特出したかのように僕の精神を蝕んでいった。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ)
意識を外そうとすればする程、手のひらの感覚が『遠慮せずに味わっておけよ』とばかりに研ぎ澄まされる。
手汗が気になり始めた頃、ナナリーの声が聞こえてきた。
「あっ……。そこは……。だ……め……」
暗闇の中でナナリーの熱い吐息が僕にかかる。
「なに……? これ……。
こんな感覚初めて……」
魔力の流入がピークに達する頃、顔を赤らめて彼女は必死に快感に飲まれないように歯を食いしばっていた。
「あっ!見てよ!アザが、娘のアザがどんどん薄くなって行くわ!」
アーリーの言葉に沿うように僕も魔力流入の終わりが近い事を感じていた。
「ああっ!!」
ナナリーの叫び声と同時に僕の治療は終わりを迎えた。
治療の終わった僕はすぐさま彼女の身体から手を離してくるりと反対を向く……はずだった。
「はあ、はあ、凄かった」
ナナリーは荒い息を吐いてから自分の胸を確認し、アザが綺麗に消えている事を認識すると歓喜の声をあげて僕に抱きついた。
「もがぁ!?」
目隠しされたままの僕は何が起こったのか分からなかったが顔中が柔らかい『何か』に包まれて窒息しそうになる。
「ちょっとぉ!離れなさいよ!」
半分落ちかけた意識の片隅でリリスの叫び声が聞こえる。
「ぶはぁっ!」
次の瞬間、僕の顔は『何か』から引き剥がされて息が出来るようになり、僕は慌てて深呼吸をした。
「はあ、はあ、し、死ぬかと思った……」
目隠しされたままだったので本当に暗闇の中で窒息する感覚に恐怖を覚えたが天使の声に聞こえたリリスの声に生きている実感を噛み締めた。
「あの……そろそろ目隠しを取りたいので服を着て貰っていいですか?
結構暗闇のままって精神的にくるものがあるんです」
僕の泣き言にナナリーが「ごめんなさいすぐに着ますね」とシュルシュルと服を着る音が聞こえた。
「あの……治療跡は見なくても大丈夫ですか?」
服を着ながらナナリーが僕に問う。
「ええ、ご自分でも確認出来る箇所でしたし、お母様も確認しているでしょうから僕は遠慮しておきますね」
「そう……ですか……残念です」
最後の言葉は本当に小さく呟いたナナリーだったがリリスにはしっかりと聞こえていた。
「はい!早く服を着てくださいね。
治療も無事に終わりましたので早めのお帰りをおすすめしますわ。
報酬に関しては明日ギルドの方に報告をしておきますのでご心配なく。
では、お疲れ様でした」
なにやら危険を察知したリリスがふたりをさっさと追い出しにかかる。
「えー。もう少しナオキ様とお話をしたいのですけど……」
ナナリーからの呼び方がいつの間にか『ナオキ様』になっているのに気がついたアーリーが追随する。
「あら、ナナリー。もしかしてアザの治療のついでに『男嫌い』も治して貰ったのね!良かったわね。
ついでに嫁に貰ってもらえばいいじゃないの。
彼、相当使えそうだから私のギルドで専属の治癒士として面倒見てあげるわよ」
自分の利益になる事ならば力づくでも得ようとするアーリーに僕は慌てて断りをいれた。
「すみません。それは出来ないお話です。
この診療所も領主様のご厚意で開業したばかりですのでこの街を離れる事は考えてません。
それに……」
「それに?」
「僕にはもうお付き合いをしている女性が居ますのでナナリーさんとのお話はお受け出来ない事なのです」
僕の言葉にナナリーがすぐに反応した。
「私にあんな恥ずかしい体験をさせておいて断るのですか?」
ナナリーが『キッ』と僕を睨みつける。
「全て治療の為にした行為ですのでご理解ください」
僕はそう言うと続けた。
「ナナリーさん。あなたは大変魅力的な女性ですのでこれから多くの男性を魅了されるでしょう。
その中には僕みたいな10歳も年上のおじさんとは比べものにならない好青年が現れるはずです。
そんな彼らをよく見て貴女に相応しい人を見つけてくださいね」
僕の言葉に子供扱いされたと思った彼女は少し『ムッ』とした表情を見せたが「今に見てなさいよ絶対に断った事を後悔させてあげるんだから」と目に涙を浮かべて悔しがった。
* * *
「本当にお世話になりました」
「………ありがとう」
気持ちを落ち着ける為に親子ふたりだけにしてユリナには先にギルドへの報告を頼んで帰って貰っていた。
何やら話し込んでいたふたりだったが落ち着いた様子で僕達にお礼を伝えると待たせておいた馬車に乗り込み宿へと帰って行った。
「あー、やっと終わったわね。
今回は本当に疲れたわ。
肉体的にも精神的にも……」
リリスはそう言うとグッと背伸びをして僕を見た。
「ところで……」
「ん?」
「どうしてあの時『私がお付き合いの相手だ』と言わなかったの?
もしかして『あの子の誘いを断ったの惜しかった』と思ってる?」
次々とリリスからは僕を確かめる言葉が
だけど僕には分かっている。彼女は僕を責めたい訳では無く、只々不安なだけなんだと。
「彼女が君だと断言しなかったのはナナリーが君に対して攻撃的な言葉を発する可能性があったからだし、ナナリーはまだまだ子供だよ。
いくら成人を迎えたからといっても子供が背伸びしているようにしか僕には感じなかったからね」
僕の言葉にニコリと微笑んだリリスは僕の腕にしがみついて「さっ!夕食の準備を一緒にするわよ!」と照れ隠しをしながら僕を家に引っ張っていった。
その日の夜も奇麗な星空が瞬いていた。
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