第29話【昨夜の真実とリリスの後悔】

 ――コンコン。


「どうぞ、開いてるよ」


 ノックの返事に『かちゃり』とドアノブが開く音がして扉がそーっと開く。

 その後からリリスの頭が静かに覗いてきた。


「おはようございます」


 かなり緊張して遠慮がちに入ってくるリリスに僕はいつもと変わらない声掛けをした。


「おはよう。体調の方は大丈夫かい?」


 その声に『ビクッ』と反応しながらも出来るだけ平静を装いながらリリスが答えた。


「えっと少し、いやちょっと、いやいや、かなり頭が痛いです」


 なんか変な言い回しだけど結局のところ二日酔い状態で頭が痛いのだろう。


「仕方ない奴だなぁ。

 治してあげるからこっちに来て椅子に座りなさい。

 そしてこっちを向いて胸を出して……」


「はい、すみません。宜しくお願いします」


 リリスはそう言って素直に僕の前の椅子に座り、裾を掴んでいきなり服をまくり上げた。


「!? ちょっ!!」


 そこには奇麗なふたつの山が出現していた。


 いきなりの彼女の行動に『まだ酔っているのか?』と思いながら僕は彼女の手を掴んで服を下げさせると冷静に「服は捲らなくてもいいから」と顔を赤くしながら言った。


「では、治療をするよ」


 僕の心臓はドキドキしたままだったが大きく深呼吸をして服の上から手を当てながらいつもの魔法を唱えた。


 いつものように魔力の流入をしているとリリスは僕の手に自分の手を重ねて小さな声で何かを呟いていた。


「これでもう大丈夫だろう。気分の方はどうだい?」


 治療の終わった僕は彼女から手を離して体調の変化を確認する。


「もう大丈夫です。

 ご心配をかけてすみませんでした」


 リリスが僕にお礼を言う。


「それで、あの、昨日の事は……」


「ああ、それならメモに書いたとおり僕は何も見なかったし、何も憶えていないから気にしなくて良いよ。

 でも、これからはあんなアルコール度数の高いお酒は控えてね」


 僕は気を遣ってそう云う事にしようと思っていたのだが彼女の方はそう簡単な事では無かったらしい。


「えっと、そのお気遣いは嬉しいのですが……。

 やはり、何をやらかしたのかを聞いておかないと自分の気持ちと言うか反省も出来ませんし、ずっとモヤモヤしたままになると思うんです。

 ですから……」


 リリスは聞きたくないけど聞かなければ前に進めないとばかりに「話して欲しい」とお願いしてきた。


「うーん。でも、僕は何も見てないし何も憶えてないんだから話す事は何も無いんだよな」


 僕はもう一度惚けてみたが「その設定はもういいですから」と一蹴されてしまった。


「分かったよ。なら一所懸命に思い出してみるけど、何が出て来ても後悔するんじゃないぞ」


「わっ、分かってますよ」


 リリスの了解を得たので僕は仕方なく自己封印していた記憶から昨日の出来事を思い出していった。


   *   *   *


「そうだな。まず、何処まで憶えている?」


「えっと、仕事が終わって……お酒を買いに行って……最後の一本だったのを買えて……家に戻って……ナオキがツマミを作ってくれて……夕飯を作ってくれるって言ってくれて……待ってる間に少しだけお酒の味見をして……後はよく憶えてない……けど何か楽しかったような気がするのと食事が美味しかったような記憶がなんとなくあるわ」


「ふむ。となるとほとんど初めから記憶が無かったと言うことか……。

 さて、どこまで話したら良いものかな……」


 僕は腕組みをして少し考えると「仕方ないから一通り話そう」と言い順を追って話し始めた。


「まず、君は僕が料理を持って行った時には既にお酒の瓶のほとんどを呑んでいたんだよ。

 だが、君は少しばかり陽気になっているだけで見た目普通に話もしたし、食事もしっかり食べてたんだ。

 だけど君は僕がまだ食べてる最中に色々と話しかけてきたんだ」


 僕の話を聞いていたリリスの顔色が段々と青くなるのが分かると僕は念のために彼女に聞いた。


「続けていいかい?」


「お、お願いします」


「で、その内容というのが君の前職のギルドの同僚の話から始まって理想の彼氏の話になり、最後には「暑くなったから脱ぐ」と言い出して服を脱ぎ出し、僕が静止すると今度は怒り出して僕をパシパシと叩き出したので仕方なく酔を冷まそうと治癒魔法をかけようとしたら……」


「したら?」


「「えっち」と言われて、その言葉に僕が怯んだ隙きに「えい!」と殆ど裸のまま僕に抱きついてきて「ナオキっていい身体してるね」って僕の服まで脱がそうとしてきたので、これはマズイと思いお姫様抱っこで君の部屋に運んでベッドに寝かせて服とメモを置いて来たんですよ」


「!? その話、盛ってません?」


「盛ってません。全て真実です。あと、理想の結婚像とか相手に求める理想とか……結構考えられているのですね」


 そこまで話した僕は固まっている彼女の肩を『ポンポン』と叩いて再起動させた。


「#%$¥¢⁉」


 やらかし過ぎてもはや何を言ってるのか分からないリリスを落ち着ける為に僕はそっともう一度治癒魔法をかけてあげた。


「――もう、お嫁に行けない……」


 再起動したリリスの最初の言葉がそれだった。

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