第28話【夢だったら良かったのに】

「――と言う訳で明日は女子会を開催したいと思います!」


 カルカルの斡旋ギルド受付嬢の控室でリリスが宣言をしていた。


「議題は三番窓口担当のアヤナに彼氏が出来たとのタレコミがあり、その真実を解き明かそうと言うものである!」


 業務を終えた彼女達の楽しみは他人の色恋沙汰だった。


「えー。そうなんだぁ」


「ねえねえ、どんな人?

 カッコいい人?」


「もしかして何処かの貴族とか豪商の跡取りとか?

 いいなぁ私もお金持ちの彼氏が欲しいなぁ」


 人の色恋沙汰は蜜の味。聞きたがりの知りたがりは皆同じ穴のムジナだった。


「ちょっ、ちょっと!

 一体誰からそんな情報を聞いたのよ!」


 当事者のアヤナが悲鳴に近い声で叫ぶ。


「ふっふっふー。私の情報網を甘く見てもらっては困りますねぇ」


 着替えの途中で半分下着姿のリリスだったが女性ばかりなのでそんな事は気にせずに『ビシッ』とアヤナを指差して言った。


「昨日、仕事が終わった後の事、夜刻の鐘が鳴るほんの少し前にオシャレな食事処『悶々亭』でワインを片手に見つめ合うふたり……ああ!あの後そのふたりは夜の街に消えて行ったのよ」


 リリス迫真の声色に聞き入っていた彼女達は「キャア」と黄色い声を上げて喜んだ。


「あっあれは……」


 顔を真っ赤にして何か言おうとするアヤナだったがスッと横に来たリリスに人差し指で唇を押されられて「それは明日のお楽しみにしましょ」と笑顔で止められた。


   *   *   *


 場所は変わってここはギルドの女子寮101号室。

 今はリリスが部屋主だった。


「さあ、皆さんお待ちかねのようですから女子会を始めましょうかね。

 今日の肴はアヤナの彼氏について!さあ、呑んで情報を吐いて貰いましょうか」


「えー! 本当に言わなくちゃいけないのぉ!?」


 アヤナの泣きが入ると皆が黄色い声で「きゃあきゃあ」騒ぎ出した。


「でね。彼が――してくれてぇ。そしてぇ――って言ってくれたのよぉ」


 初めは嫌がっていたのに、お酒が入るとアヤナのノロケ話は全開になって行き、初めこそ冷やかしていた他の子達も段々と愚痴ややっかみに変わっていった。


「どうして私には彼氏が居ないのよぉ!」


「リア充爆発しろ!」


「お金、お金持ちのイイ男を斡旋してくれる人は居ないのかしら」


 最後はいつもこんな感じでグダグダのぐでんぐでんに酔ってそのまま皆寝てしまうのだが、その日のリリスはちょっと違った。


「あーいい気持ち。身体がふわふわして飛んでるみたい」


 いつも騒ぐ先頭にいる為かあまり多く呑まないリリスがその日に限って皆が見てない間に相当な量のお酒を呑んでいた。


「あっこれヤバイ奴だわ。誰かぁ水、水を持ってきてやってぇ」


 リリスの様子を見た子達は水を飲ませようと準備をしたが彼女は陽気に笑うと「暑い……脱ぐ」と言って次々と服を脱ぎ始めた。


「ちょっとちょっとぉ。リリス大丈夫!?ほら、お水を飲んで」


 女子会だったので周り皆も女子ばかりだった事もあり、言葉では止めても彼女が脱ぐのを押さえつけてまで止めようとする者は居なかった。


「あー、涼しいわぁ」


 とうとうパンツ一枚までになったリリスは渡されたお水を飲んでニコニコしながらその場に寝てしまった。


 ――次の日、目が覚めて裸の自分の姿となんとなくある記憶を探って赤くなり、その場に居た他の子達に口々に「あんたは絶対に呑み過ぎたら駄目!特に男と呑む場合は要注意よ!まあ、襲われてもいい相手だったら既成事実を作るのにはイイかもね」と呆れた顔で見る同僚の姿があった。


   *   *   *


「申し訳ありません!以後気をつけます!」


 突然、そう叫びながらリリスは覚醒した。


「えっ!? 今のは……夢?」


 まだ、リリスがギルドの受付嬢をしていた頃にお酒でやらかした時の苦い思い出が夢となってフラッシュバックしていた。


(どうして今頃こんな夢を見るの?)


 リリスは疑問に思いながら自分の頭が痛いのを感じていた。


「頭がガンガンする。何だか寒いし調子を崩したのかな?」


 リリスはそう呟きながら起き上がって水を飲もうと毛布をめくり……固まった。


(なんで私、服を着てないの?)


 そこにはパンツ一枚しか身に着けていない彼女が状況を把握出来ずに必死で昨日の出来事を記憶の中から探っていた。


「えっと、昨日はたしか診察を終わってからおばあさんに教えて貰ったお酒を買いに行って……」


 少しずつ記憶を辿っていくと自分が何をしたのか、そして何故あの夢を見たのかがパズルが組み合わさるように理解出来てきた。


(いや、まさかね。きっと私はお酒を呑んでいい気分になり、部屋に戻ってから暑いと思って服を脱ぎ、そしてベッドに入って寝た。そうに決まっているわ)


 リリスは希望的観測でそう結論づけたが、その場にあったきちんと畳まれた衣服と水さしの側に置いてあるメモ用紙。

 それにはこう書かれてあった。


【昨日の事は全て見なかった事にしておきますので起きたら診察室へ来るようにしてください。

 おそらく頭痛が酷いと思うので治療をしてから診療所を開けたいと思います。ナオキ】


「いやぁ!!嘘だと言って!

 これじゃあもう私、恥ずかしすぎてお嫁に行けないじゃないの!

 馬鹿!わたしのばかぁ!」


 リリスはベッドにもんどり打ってバタバタと暴れていたが、ふと涙目を拭って仕事着を着ると何かを決心した目で診察室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る