第20話【様々な思惑が交錯する街②】
結局、物件の場所から間取りまでリリスが全て条件を揃えて手配してくれた。
商業施設として使われていた物件のほとんどは間取りが広く、個人の診療所としては使いにくかったので最終的には普通の2階建て住宅の1階を診療スペースにして2階を住居スペースにすることで何とか決まった。
「とりあえず水回りを2階に上げて2階だけで生活出来るようにしなくちゃね」
リリスがテキパキと改修業者に指示をしていく。
(この世界にはまだ2世帯住宅の概念はないから1階と2階が完全を分離した家なんて考えもしないんだろうな)
そんなどうでもいい事を考えながら着々と完成に向かう仕事場に少しだけ胸が高鳴っていった。
* * *
「なんだと?
私が用意した物件は使わないと言って別の物件を借りる契約をしたと言うのか?」
不動産屋の男は伯爵家へ行き、物件の契約に変更が生じた事を伝えた。
「なぜだ? 診療所として使うならば入院ベッドとして宿泊設備がそのまま使える物件を選んだつもりだったのだが、何が気に入らなかったのだ?」
不動産屋の男はリリスの言った言葉を要約して伯爵に伝えた。
「『あの物件は診療所としては広すぎるのでお断りします』と伝えて欲しいと言われ、別の物件を借りられました」
「……そうか。まあ、この街で診療所を開くのだったら多少のわがままは許容する事にしよう。
妻からも強く言われている事だしな」
アーロンド伯爵は不動産屋の男から渡された新しい契約書に目を通してから「まあ、いいだろう。最後までしっかりと頼むぞ」と言い下がらせた。
「――そうですか。大きい建物は必要ないと言ったのですね」
アーロンド伯爵が不動産屋の話をサラにすると少し考えるように天を仰ぎながら目をつむり「ああ、なるほど」と頷いた。
「何か分かったのか?」
「私は大きな勘違い……と言うか思い込みをしていたのね」
「どういう事だ?」
「彼の治療能力を忘れていたと言う事よ。
普通の魔道士の治療だとすぐに治る訳ではないから暫くベッドに休ませる必要があるわ。
でも、彼の治療だとその場で完治してしまうから休ませるベッドは必要ないのよ。
それに、もしかしたら彼は診療所で治療をするよりも怪我や病気の人の家を訪れて治す手段を取るつもりなのかもしれないわね」
サラはそう言うとミリーナを呼び、様子を見て来るように指示をして話は終わりとなった。
* * *
その頃、改装の材料を運び終えた改修業者に指示を出し終えたリリスは僕を夕食に誘ってきた。
これからの打ち合わせも兼ねていると言うので宿屋の食堂で食事をする事に決めた。
出された食事は宿屋のものとしてはかなり豪勢な内容で僕達はゆっくりと話をしながら和やかに食事を進めた。
「それにしても、随分手際が良いですね。
カルカルのギルドでもこんな依頼を受けたりしてたのですか?」
「いえ、基本的に受付嬢は依頼の受付をするだけで個人で依頼を受ける事はありませんよ」
「えっ? でも、リリスさんは僕の依頼を受けてくれてますよね?
それって規則違反にはならないのですか?」
僕は心配になってリリスに聞いた。
「そうですね。厳密に規則に照らし合わせれば限りなくグレーだと言えます。
ですが、ここはカルカルの斡旋ギルドではありませんし、私も今は休暇を貰っているのであくまでもプライベートで依頼を受けている状態なんです。
ですから、ナオキさんの依頼を受けたからと言ってギルドをクビになるとかはありませんから心配はしなくても大丈夫ですよ」
「それならば安心しました。僕のせいでギルドでの立場が悪くなったら責任が取れないですから」
僕の言葉にリリスはちょっとだけムッとした感じで言ってきた。
「責任取ってくれないんですか?」
その言葉に『ぎょっ』として僕
は食事の手を止めてリリスに顔を向けた。
目の前には口元は笑っているが目が笑っていないリリスの顔があった。
「いや、リリスさんが『大丈夫』と言ったから思わずそう返しただけで、実際に何かあったら僕に出来ることならば何でも協力するからね」
「言質を取りましたよ?」
リリスは『してやったり』とばかりにニコニコしながら食事を再開した。
(一体なんだったのだろうか? 急に機嫌が悪くなったり、かと思えば急に機嫌が良くなったり……若い女の子の扱いは難しいんだな)
僕はそんな事を考えながら残りの食事を続けた。
* * *
「では、今日のところはこのくらいで休みましょうか。
明日は改装の進捗確認と役所への開業届の提出をしますので寝坊をしないようにお願いします。
ああ、今夜から私もこの宿に泊まる事にしましたので何か聞きたい事があれば訪ねてきてくださいね」
そう言いながらリリスは僕の手を握って「別の用事で来てくれてもいいんですよ」とウインクをして『くるり』と白いスカートをなびかせながら僕の顔を見ずに部屋に向かった。
後に残された僕はかなり年下の彼女が小悪魔のように感じながら「僕はいじりやすいんだろうな」と呟きながら部屋に歩いていった。
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