第19話【様々な思惑が交錯する街①】

 その後、これからの打ち合わせを済ませた僕はリリスの指示通りに役所へ色々な手続きに必要な書類を貰いに向かった。


 斡旋ギルドの方は彼女が全て登録手続きをしてくれると言うのでお願いをして明日から一緒に行動する事になった。


(しかし、本当に助かった。

 リリスさんには手間だろうに僕の開業指南まで引き受けてくれるなんて優しい人なんだな)


 普通、斡旋ギルドの受付嬢がひとりの依頼者につきっきりで何かをする事などある筈無く、専門家を紹介して手数料を取るだけなのだが、そんな事情など知るはずのない僕はリリスの思惑など考えもせずに素直に感謝していた。


 ――次の日の朝。宿屋で朝食を食べていると真っ白なワンピース姿のリリスがテーブルの向かい側の椅子に座った。


「おはようございます。よく休まれましたか?

 今日はこれから物件の確認と内装の発注に行こうと思います。

 でも、せっかくなので私も一緒に朝食を頼んでも良いですか?

 あっ店員さん! 朝食セットをひとつお願いします!」


 リリスはそう僕に聞いておきながら答えを返す前に朝食を注文していた。


「えへへ。実はちょっと寝坊してまだ朝ご飯を食べて無かったんです」


「へー。リリスさんってしっかりしてるように見えるからちょっと意外ですね」


「少し、ほんの少しだけギルドからの宿題が間に合わなくて明け方まで書類整理をしてたから……」


「えっ? それってリリスさん。ほとんど寝てないんじゃないのですか?」


「だ、大丈夫ですよ。しっかりと30分は寝ましたから!」


「さ、さんじゅっぷん?」


 僕は依頼の為にほぼ徹夜で時間をつくってくれたリリスに心を撃たれていた。


「リリスさん、無理は駄目ですよ。僕の方は明日でも大丈夫なんですから、少し休んでからにしませんか?」


 僕の言葉にリリスは頬を赤らめて「心配してくれるのですか?嬉しいです」と微笑んだ。


(うわぁ、健気なところが可愛すぎる。

 もしかして僕に好意を持っているのかも……いやいや、彼女は仕事に真面目なだけだ。

 勘違いをしたら恥をかくだけだし、冷静にならなければ……)


 前世でも熱血路線で恋愛経験の乏しかった僕は女性からの好意についてほとんど免疫が無く、自分には縁のないことだと思いあえてスルーを努めた。


「では、そろそろ行きましょうか」


 いくつかの話をしているうちにリリスは運ばれてきた朝食を終わらせ立ち上がるとスカートをふわりとひるがせて会計に向かった。


「あっ 食事代を……」


 僕が食事代を払おうとするとリリスは「これも経費だから」とさっさと支払いを済ませてしまった。


(経費か……。多分、後で斡旋ギルドへの支払いの時に伯爵家が請求されるのだろう)


 僕はそんな事を考えながらリリスに連れられて診療所を開業する予定の建物を訪れた。


「すみません。伯爵家よりこの物件を斡旋された者ですが、中を見せて貰っても良いですか?」


 リリスは建物にいた不動産屋の男に伯爵家から渡された契約書を見せた。


「はい。確かに伯爵家よりご依頼を賜っております。

 こちらの物件になりますのでご覧ください。

 何か不明点があればなんなりと質問をされて結構ですので……」


 僕とリリスは不動産屋に案内されて建物の中を確認すると元々は宿屋兼食堂を経営していた建物のようだった。


「診療所にするには少し大きすぎる建物ね。

 1階の元食堂のスペースだけでも広すぎるのに、2階の宿泊部屋も病院じゃないんだからこんなに要らないわ」


 リリスは建物全体を見てまわり不動産屋の男に問い合わせた。


「この建物はどういった経緯で伯爵様に斡旋したのですか?

 伯爵様は彼が診療所を開業する建物を見繕って欲しいと言われたのではないですか?」


 リリスが不動産屋に質問を次々とすると焦った様子で男は謝りはじめた。


「すみません!

 伯爵様の使いの方より直ぐに引き渡せる物件はないかと聞かれた時にちょうど買い取ったばかりの物件があったのでそれで良いかと聞いたら良いと言われたのでおすすめしたのです」


「やっぱりそんな所よね。

 個人の診療所にするのにこんな大きな建物なんて必要ないもんね。

 で、条件に見合う物件って直ぐに見ることが出来るの?」


 リリスは不動産屋の男に詰め寄りいくつかの条件を提示して物件を探すように言った。


「ですが、伯爵様にはこの物件で契約したのですが……」


「なら契約を変更すればいいじゃないの。

 彼が『この大きさの建物では維持管理が大変だから要らない』と言っていたと伝えていいわよ。

 そして『利便性の良い別の物件に変更した』とも言っていいわ」


 リリスはあくまで強気を崩さない。


「リリスさん。そんなに強気で大丈夫なの?」


 僕は不動産屋に聞こえないように小声でリリスに問う。


「問題ないわ。こんなコストばかりかかる物件を貰っても維持費ばかりかかって診療費を高く取らないとやっていけなくなるわよ。

 それに、伯爵様は貴方が開業する為に必要な経費は全て出すと名言したのだから物件を新たに借りるのも当然、必要経費になるわよね」


 リリスの理論に少しだけ『大丈夫かな?』と思ったが『こちらの世界ではそれが当たり前なんだろう』と深く考えない事にした。

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