第10話 実戦的な訓練

迷宮は地上部と地下部がある。

多くの冒険者が利用するのは地下迷宮の方だ。

地上部は常に変化しているうえに、魔物の強さも変動する。

よほどの自信がない限りは安定した地下を利用した方がいい。


「地下迷宮って迷宮って名前なのにずいぶんと開けてますね。というより、地上よりも地上らしいです」


「第一階層から第五階層は平原エリアだからですね。昔、ここで農作物が育つか実験したこともあったらしいですし」


「結果はどうでした?」


「成功です。ただ、魔物の出現場所ってランダムだから、実験中に何人かの農家が……」


「それで、入植を諦めたんですね」


「違います。大量の冒険者を動員して、魔物という魔物を駆逐したんだけど、次から次へと現れて、諦めました。あ、ゴブリンの群れだ」


平原エリアのゴブリンは隠れることができないので、ある程度まとまった単位で移動する。

ざっと13匹ぐらいだ。

平均よりは多いが、別に驚くほどの数でもない。

これは冒険者側も集団であるときはの話だが。


「どうしますか? 師匠」


「単身突撃以外の方法があるのですか?」


「え?」


「フライパンは近接武器ですよ?」


「投げれば、何とか」


「殴りますよ? フライパンを粗末に扱わないでください!」


ゴブリンがこちらを見ている。

そして、獲物と認識したため、襲ってきた。


「仕方ないですね」


接近するゴブリンに高速で近づき、一撃で沈める。

それをすべてのゴブリンで行う。


「師匠、まったく見えなかったんですが」


「訓練です」




ゴブリンが一列に並び、順番にイラリアの相手をしている。

相も変わらず、当たらない。


「フライパンへの思いが足りないようですね」


「それ以上に経験とっ、筋力の方がっ、足りないと思いますよっ。……はぁ、はぁ」


「疲れる要素ありましたか?」


「というか、何ですか! この状況は!」


「ゴブリンに信仰心を植え付けて、お願いを聞いてもらっています」


「師匠。以前、信者の健康は奪わないって言っていませんでしたか?」


「はい。その言葉に偽りはりませんよ。しかし、但し書きの部分がありますよ。魔族の入信は認めない。人間や亜人の信者からはお金だけを奪いますが、魔物や魔族からはお金と健康、両方奪います」


「でも、私ではこのゴブリンたちを倒せませんよ?」


「イラリアが倒さなかった場合は私が止めを刺します」




数時間の奮闘をしたが、イラリアは無抵抗のゴブリンを倒すことができなかった。

最終的に5匹を穴に埋めて、動けない状況で何度もたたき続けて、ようやくクエストを達成したらしい。

立った状態で目を開けて寝ていたので、一部は見ていないけど、状況から見て、間違いないと思う。


「雑魚すぎませんか? もう、置いていきたいのですけど」


「頑張るんで、勘弁してください」


イラリアがしがみ付いてくる。


「分かりました。今日のところは我慢するので、離れてください。熱くてウザいです」


「師匠、残りのゴブリンはどうするんですか?」


「早く帰りたいので、自分で墓穴を掘ってもらって、埋まってもらいます」


「は?」


「私の発言が聞き取れませんでしたか?」


「聞き取れてますけど、どうやってさせるんですか?」


「フライパン教徒は生存欲求の上位欲求として私から認められたいという特殊な承認欲求があります。それを利用すれば、可能です」


「怖いを通り越して、気持ち悪いのですけど」


「自分が信者の一人であることを自覚して発言した方がいいですよ?」


「すみません。以後、気を付けます。なので、勘弁してください」


「では帰りましょうか?」


「何も指示していませんけど、大丈夫なんですか?」


「信者間のテレパシーは常識ですよ?」


「ちょっと一般的な常識と異なるようですね」


私たちはバタバタと何かが倒れる音を聞きながら帰路に就いた。




迷宮の出口に向かっていると背後から人の気配がする。

しかも、あふれ出る欲望の匂いがする。

数は3、少なすぎる。

女二人組だからと甘く見たか。


「イラリア、私の前に出なさい」


「え? 何でですか?」


「こうするのよ!」


私は後ろを振り向くと同時にフライパンを投げる。

とっさのことに対応できなかったハイエナAは撃沈。


「投げた!!」


イラリアは驚きの声を上げる。

私はフライパンが落下する前にフライパンを掴み、唖然としているB、Cも無力化した。


「師匠、言ってることとやってることが違いますよ」


「フライパンを投げても、落下前にキャッチできればセーフです。このハイエナA,B,Cはどうしましょうか?」


「改宗ですか?」


「布教をすると永久追放の恐れがあるので、しません。というか、もう息を引き取ってます」


「本当ですか? いつもと変りないように見えますけど」


「私の思いを込めた一撃だったので、重かったようです」


「確かに重そうですね。埋めるんですか?」


イラリアはフライパンを構えた。


「いい心がけですが、埋めません。晒します」


「何でですか?」


「晒しておくと、アンデッドとして冒険者の明日への活力になってくれるからです。もちろん装備は回収しますよ」


「それじゃあ、まるで盗賊じゃないですか? しかも、アンデッドの発生までさせるなんて……」


「フライパン教の伝道者は最低限のお金だけ持って旅に出ます。足りなくなれば、近くにいる盗賊からお布施をもらうのが習わしです。そんなことも理解していないと野垂れ死にますよ?」


「さも、当然かのように言わないでください。でも、こんな明るい場所でアンデッドになったら、アンデット化した瞬間に死にそうじゃないですか?」


「いつから、アンデッドが暗所でしか活動できないと勘違いしてるのですか?」


「え? 昼間も動けるんですか?」


「ここのアンデッドは日光浴もしますよ?」


「でも、アンデッドは……」


「アンデッドも日々進化します。固定観念にとらわれていると重大なことを見落としますよ」


「まともなことを言われたはずなのに、認めたくない自分を感じます」


「それは大変ですね。では、彼らからお金になりそうなものだけ、回収しましょう」


「ギルドに報告はいりませんか?」


「それは別の人に任せましょう。まあ、そんなことをする人間は見たことないですけど」


報告すると長い聴取が待っている。

そんな面倒事を好む冒険者はいない。

ハイエナの装備をお布施としていただいて、今日のところは帰還した。

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