第9話 講和会議、次なる旅

勇者が強引に着席させた和平協議の席では両軍ともにバチバチであった……らしい。

私はその場にいなかった、というよりも勇者に会いたくなかったので、和平協議への参加を拒否した。

結論だけ言えば、戦争前の状況に戻し、五年間の停戦で合意した。

私としてはゾルジ家の拡大路線に乗じて一気に布教し、この地域の主流派をフライパン教にしたうえで、支配者であるゾルジ一族を借金で支配する予定だった。

しかしながら、勇者の妨害で失敗した。

とは言え、ゾルジ一族を借金でがんじがらめにできているうえ、小都市連合にはフライパン教徒の業者が浸透している。

妥協できるレベルだ。

アンガー家の財政が怪しくなれば、手を差し伸べて友好的な関係をとりつつ、借金で支配すればいい。

もしできなくても、ゾルジと小都市連合をくっつけて五年後に攻撃を仕掛けてもいい。

これから入ってくるであろう金額を思い浮かべると笑いがこみあげてくる。

そこそこ治安が安定したので、勇者に見つかる前にデーレスを発とうと思う。


「別れの挨拶はできましたか?」


「はい、師匠。両親が敬虔なフライパン教徒になりやがったので、大喜びしていました」


「出会った頃のピュアなイラリアちゃんが消えつつあることに私は悲しみを感じています」


「私もフライパンに毒されていることに悲しみを感じています」


「フライパンに……毒、さ、れている?」


久しぶりに爆発しそうだ。


「嘘です! フライパン神の加護に感謝しております」


イラリアは慌てて、フライパンを手に取り、祈りを捧げている。


「発言は気を付けることです。あなたはフライパン教の教祖である私の一番弟子ですよ? 全フライパン教徒の見本になるような振る舞いを心掛けなさい」


「はい」


うん。

今、師匠らしいことを言った。

これで私は立派な師匠だ。

文句がある奴がいるのなら、是非ともフライパンで友好的な会話をしたい。


「本当に行かれてしまうのですか?」


ロレンツィオは心底、悲しそうな表情を浮かべている。

ただし、四つん這いで。

隣でマッシモも悲痛な表情を浮かべている。

こちらはちゃんと2足歩行だ。


「はい。私には布教という仕事がありますから」


「この体勢に対して、誰も指摘をしないのが怖いのですが」


「どの口で言ってるんですか?」


「え?」


「あなた専用の椅子がそこで四つん這いになってるじゃないですか」


目を凝らしてやっと見えるかどうかの位置で、かつてイラリアを人質に取ったロレンツィオの部下が四つん這いになって、イラリアと私を見送っている。


「すみません。情報量が多くて、私の頭がパンクしそうなんですけど」


「訓練不足ですね。頭から何かはみ出しそうなら、このフライパンで叩きましょうか?」


「やめてください。そのフライパンで叩かれたら、重要なことまで忘れてしまいそうです」


「では、お別れです。あなた方にフライパンのご加護があらんことを。あ、今、加護を与えたので、その料金を請求します。料金は私が派遣する業者に払っておいてください」




私はデーレスに来るために使った道を辿っている。


「どこに行くんですか? 師匠がデーレスに来る前にいたって言うレッサに行くんですか?」


「あんな平和なところに行っても得るものないでしょ?」


「さも、当然かのように言われても困ります」


「正解は迷宮都市ラビストスでした」


「何のために行くんですか? あそこは魔物はいても盗賊は少ないって聞きますよ?」


「周りにはいないけど、ハイエナのような人間は迷宮内にいっぱいいますよ?」


「迷宮都市のイメージが壊れるので、やめてください。でも何で迷宮都市ですか?」


迷宮都市は子供たちの憧れだ。

魔物をバッタバッタと倒すのが、夢という男の子は多いと聞いたことがある。

私はそんなことはどうでもいいので、金貨の枚数を数えていたい。


「イラリアがこれからも伝道の旅を続けるなら、最低でもBランクのギルドカードが必要でしょ?」


Bランクのギルドカードがあると関所の通行料が多少、安くなったり、検査の時間が短くなったりする。


「私でも、魔物を倒せますか?」


「倒せなかったら、置いてく」


「え? それだけは勘弁してください」


「じゃあ、必死にフライパンに祈ることです」




迷宮都市ラビストス、三重の城壁により市街が囲まれている。

そして、都市の中心部に迷宮ラビストスがある。

城壁が3重にあるが、外側の城壁のみ外部の攻撃に備えていて、残りの2枚は迷宮からの魔物に備えて建築されている。

そのため、都市の官庁などの重要な施設は都市外縁部に設置されていて、他の都市とは建築のコンセプトもその危機意識も異なる部分にあった。

迷宮都市は迷宮から放出される魔物を都市内に封じ込めて、地域の安定化を図るため、近隣諸都市の協力の下、設置された。

いつしか、冒険者が集まり、魔物が落とす素材で富裕な都市となるが、常識を持つ者ならば、この街を襲撃などはしなかった。

理由は簡単だ。

余りにもリスクが大きすぎるからだ。

政情不安になり、冒険者が逃げてしまえば、迷宮からあふれ出る魔物に対処できなくなる。

そうなれば、城壁内は魔物で埋め尽くされ、手の付けようがなくなる。

しかし、過去に一度だけ、危機を迎えたことがある。

どこかの新興宗教により、都市が占拠されかけ、機能不全に陥った。

運悪く、スタンピードが重なったことから、迷宮都市は完全に機能を失った。

周辺の都市の協力もあり、何とか混乱は収まったが、それ以降、都市内での宗教関連の施設は設立禁止、宗教的活動をした場合は永久追放が決められた。

当時の資料には新興宗教の指導者はフライパンを持って、信者を鼓舞していたという記録もあるが、あまりにも荒唐無稽な話のため、これを信じる者はいない。


「いや、何してるんですか? 師匠」


「ここを押さえれば、もっと布教が進むなと思いまして」


「目的は布教じゃなくて、お金ですよね?」


「お金がないと布教もできないんですよ? まさか、あのタイミングでスタンピードが起こるなんて思わないじゃないですか。失敗したうえに、布教禁止とか最悪なんだけど」


「後悔する部分、間違ってませんか?」


「あの事件、デカすぎて、流石の私も揉み消せませんでした。何とか、フライパン教って部分を誤魔化せたけど、次、やったらバレちゃいますね」


「師匠の権力はどこから来てるんですか?」


「フライパンへの信仰心ですかね?」




この街には冒険者ギルドの本部がある。

昔は別の場所にあったが、反乱への対策とか言う理由でここに移転したらしい。

詳しく調べると他に理由がありそうだけど、私にはそれほど影響がないので、調べなかった。


「どこに向かってるんですか?」


「冒険者ギルドよ。登録しないと活動できないでしょ?」


「迷宮に入るだけなら、その必要はないんじゃないですか?」


「迷宮に入るには冒険者になるか、特別な許可が必要です。しかも、入場料を取られます」


「まあ、維持にもお金がかかりますからね」


私たちは冒険者ギルドに入る。

本部ということで造りが豪華だ。

受付に行き、イラリアの登録をする。


「お名前と生年月日の記入をお願いします」


「これでいいですか?」


イラリアは受付嬢に紙を渡す。


「確認しますね。はい、大丈夫です。ギルド会員の紹介があるとCランクからのスタートとなりますが、お隣の方は紹介者様でしょうか?」


「はい。そうです」


「冒険者カードを確認してもよろしいですか?」


私は受付嬢に冒険者カードを渡す。


「ありがとうございます。……問題ありませんね。お返しします」


私はカードを受け取った。


「では、クローチェ様の冒険者カードをお作りしますので、こちらの機械に手をかざしていただいてもよろしいですか?」


「はい」


イラリアは恐る恐る手を機械の上にかざした。

機械が少し発光して、カードに記入した。


「こちら、冒険者カードとなります。紛失をされると、再発行に料金がかかりますので、お気を付けください。ランクアップに関しましてはご説明した方がよろしいですか?」


「私がするので結構です」


「では、これからのご活躍をお祈りしています」


私たちは受付を離れ、クエストが張り出されたボードを見ている。


「ランクアップの条件って何ですか?」


「Bのランクアップ条件はクエストを10個達成することです」


「簡単そうに感じますけど」


「簡単ですよ。素行が悪かったり、犯罪を犯さなければ、だいたいの人がBまでは苦労しません。これを受けましょうか」


「内容は何ですか?」


「ゴブリンを5体狩ることです。報酬は銅貨10枚」


「一食分ですか」


冒険者ギルドの収益はクエストの仲介料もそうだが、魔物の素材の売買がメインだ。

これを独占しているため、冒険者ギルドはかなり資金力がある。


「まあ、初心者が早くBランクになれるようにするための救済だから安いのは当然ですね。ゴブリンの素材も大したものはないし。とりあえず、入場しましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る