第8話 それ、私の物ですよ? 分かってますか?
私はデーレスに帰還した後、信者ネットワークを駆使して、ガストネ・ゾルジを探した。
その結果、アンガー領に逃げ込んだようだった。
アンガー家が小都市連合の領主と連名でデーレスをゾルジ家に返還することを求める書状が届いた。
「ねえ? あなたの一族は私を困らせる人間しか、いないの?」
私は椅子に話しかける。
ロレンツィオは私の椅子という地位を確固たるものにしていた。
マッシモの羨ましそうな視線が心なしか鬱陶しい。
「それにしても、ゾルジ一族の人間のくせになかなか考えましたね。まさか、宿敵の下に転がり込むなんて想定外でした」
「師匠はどうするつもりですか?」
「そんなの決まってるじゃないですか。この椅子に自筆の書状で返答させます。内容は、デーレス一帯はこの私、ロレンツィオの物であり、他の誰の物でもありません。ガストネはあなた方を惑わし、不利益を与える存在になるでしょう。十分にお気を付けください。とでも書いて、送り付けとけば大丈夫じゃない?」
「ガストネの信憑性を下げるというわけですね」
「下げるも何も、事実だし。それよりも、こっちがアンガー家に文句を言いたいぐらいです。アイツら、ガストネが献上したとか何とか言ってレフィッシナっていう街を併合したんですよ? 未来のフライパン教徒がいるというのに、まったく、ひどいものです。これは保護しに行かないといけませんね」
「保護する話はツッコミませんけど、アンガー家と戦うと、周辺都市と全面戦争になりませんか?」
「なっても大丈夫です。打たれ強い信者たちがここにはたくさんいますから。でも、戦費が足りないようですね。あと食料も、ここは借金するしかないですね。そうですよね?」
私は椅子に尋ねる。
「その通りでございます、教祖様」
「何で、うれしそうなんですか? 師匠は借金で支配しようとしてるんですよ?」
「高度な教育の賜物ですね」
「教育方針の転換を要求します」
「まあ、何にしても、奪われた物は奪い返さなきゃです」
後日、ロレンツィオの直筆のお手紙を送ったが、殺意のこもった返信が来た。
私はそれを戦地で受け取った。
そもそも、友好的であろうと殺意が高かろうと私たちの選択には何も影響しない。
そのため、殺意が高めの手紙が届く前に宣戦布告のお手紙を発送しておいた。
昨日か、今日ぐらいには届いていることだろう。
ということで、私たちはレフィッシナを包囲している。
ここではスピードが重要となる。
いい感じに包囲できたので、速攻を掛けたいと思う。
私が攻撃の合図を出すとフライパンを装備した男たちが攻撃を始めた。
城壁から、悲鳴が聞こえる。
「何だ、こいつら! 何でフライパンだけで襲撃してくるんだ!」
「おい、弓が効かないぞ!!」
「そんなわけないだろ。相手は防具を付けていても人間だぞ?」
「こいつら、矢が刺さってるのに、うれしそうなんだよ」
「は? そんなわけ……、うわっ、キモッ。こっちに来るな!!」
兵士が恐怖から上げる絶叫を深く噛み締めながら、制圧完了した。
敵兵は途中から抵抗を強めたようだが、打たれ強さに定評のある信者たちに軍配が上がったようだ。
まあ、敵の守備が甘い前提で攻めたので、特に驚きはない。
「制圧おめでとうございます」
「ありがとう……、マフィアのボス」
「名前、覚えてないんですか?」
イラリアが呆れた表情を浮かべている。
最近、イラリアの呆れ顔をよく見ている気がする。
もしかしたら、デフォルトの表情なのかもしれない。
「聞いたことが無いので、知りません」
「ありがとうございます」
「何に対してのお礼ですか? で、次はどうするんですか?」
「守ってもいいですけど、私は攻められるより、攻めたいので、放火行脚して、敵を燻し出しましょうか?」
「正気ですか?」
「私はいつもマジですよ? 本当は街に火を着けて慌てふためく様子が見たいですけど、石造りだと火が着きにくくて、困りますね。周辺の農地を荒らし回れば、出てきますかね?」
「さあ、それはやってみないと分かりませんよ」
「では、実験してみましょうか」
その日を境にアンガー家の領地や小都市連合の農村で家や畑が焼けるという被害が多発した。
そのすべてがほぼ同時刻で行われたことから、同一犯といういう噂が立ったが、それぞれの事件の場所が離れすぎているため、この噂はデマと断定された。
時同じくして、フライパンを持つ人のような形をした何かが暗闇を高速移動しているという噂が流れた。
余りの速さに、目で追うのがやっとだそうだ。
ここ連日、睡眠時間を削って、全力疾走していたため、疲労が蓄積している。
ダイナミックな着火の練習をしているが、なかなかうまくいかない。
「何してるんですか?」
「それはどちらのことを言っていますか? 私の真夜中の行動ですか? それとも、今しようとしていることですか?」
「両方です」
「今は真夜中の全力疾走の疲労を回復しようとしてます。私、フライパン術の習得は完了しているんですけど、着火の方はまだまだなので、火の明かりが見やすい夜に練習している所なんです」
「それは大変ですね」
「私、眠いので寝てきます」
「まだ、朝の10時ですよ? もう少し頑張れませんか?」
「私にしては頑張ってる方だと思いますよ? この時間はいつも目をあけながら寝ているので、会話をしているだけ、マシな方ですね」
「何ですかその特技」
「……」
イラリアが私の肩をゆする。
「目をあけながら、寝ないでください」
ドアがノックされる。
「どうぞ」
イラリアが返答する。
「ご報告したいことが」
「あなたの首をお昼ごはんにしましょうか? それとも、あなたのご子息の首にしますか? 自由に選んでください。あ、すみません。寝てました」
「どんな夢を見てたんですか?」
「あの……、報告よろしいでしょうか?」
兵士は困った顔をしている。
「どうぞ」
私は眠気を我慢して報告を聞く。
「アンガー家が兵を集めて、準備を整えています。レフィッシナには5日後に到着の見込みです。小都市連合の動きは不穏ですが、まだ、準備が整っていないようです」
「では、先に攻撃を仕掛けましょうか」
「敵は私たちよりも多くの兵士がいる上に、私たちはアンガー家と小都市連合に囲まれてますよ? 防衛の体制を整えなくていいんですか?」
「敵にやられる前にやれば、何も問題ないですよね?」
「でも、それだとレフィッシナが占領されたら、私たちは敵地で孤立してしまいます」
「別に兵士が死んだとしても、私だけなら逃げ帰れますから」
「最低すぎて、返す言葉がないのですが」
「おそらく、小都市連合の首脳陣はアンガー家が優勢なら、力を貸して恩を売っておこうとするはずです。つまり、今回の戦いでアンガー軍を目も当てられない状況にすれば、問題ありません」
「そうだとしたら、さっきの準備が整っていないって言うのは嘘ってことですか?」
「それは本当だと思いますよ? この前、彼らの穀倉地帯に放火した時に不毛な大地になる呪いのアイテムをまいておきましたから。たぶん、食料が調達できないのだと思います」
「いや、何してるんですか? 食料を狙って、こっちに襲ってくるかもしれないじゃないですか?」
「大丈夫です。少し離れた場所にいる信者に金銭と食料を貸してあげるように言っておきましたから」
「最近、師匠のあくどい手口が理解できるようになってきたんですけど、どう責任取ってくれますか?」
「成長の証ですね。おめでとうございます。授業料、とってもいいですか?」
「何でもありません。だから、勘弁してください」
「では、フライパンの準備をしましょうか」
私たちは敵の本拠地、ダーバラに進撃する。
あまりのスピードにアンガー家の首領ロベルト・アンガーがドン引きしながら、青ざめている様子が見える。
少なくとも、私には見える。
「そろそろ、攻城戦を始めましょうか」
「教祖様、大変です!」
「椅子が何で、自由に二足歩行しているのですか? あまつさえ、会話までしようとするなんて、恥を知りなさい。でも、私は慈悲深いので、四足歩行なら、話を聞いてあげます」
ロレンツィオは四つん這いに体勢を変える。
「勇者が両軍に停戦を訴えています」
「驚くべきなんでしょうけど、体勢のせいで話が頭に入ってこない」
「イラリア、上に立つ人間はこの程度で動揺してはいけませんよ?」
「師匠、慣れてはいけないものってあると思いますよ」
しかし、変態とその一行はここに来ていたのか。
あの覗き魔め、私に布教活動の邪魔をしやがって。
「始末しますか?」
ロレンツィオは腰に用意したフライパンを掴み、片腕を上げる。
「大丈夫です。私が直々に手を下します」
イラリアが私の腕を掴む。
「どうしましたか? 離してください。勇者を殺せないじゃないですか?」
「思いとどまってください。星教会と宗教戦争になっちゃいますよ!」
星教会は天空神を主神として崇めていて、最大宗教だ。
金銭面などで勇者の活動を支援している。
「フライパン神の教えを説くうえでいつかぶつかる壁です」
「その壁に挑むのは今じゃありません!! 師匠~」
前に進もうとするが、イラリアの抵抗が激しい。
「仕方がありません。弟子に免じて、今回は許しましょう。椅子、できるだけ多くの賠償金をふんだくってください」
「分かりました。あと、座って戴けないでしょうか?」
「座って欲しそうなので嫌です。今日から椅子ではなく、廃棄寸前の椅子に格上げです。おめでとうございます」
「それ、格下げだと思います」
イラリアが間髪入れず、ツッコんできた。
「ありがとうございます。末代まで語り継ごうと思います」
「末代が可哀そうなので止めてあげてください」
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