第6話

 あくる朝、ラインで「大丈夫か? 一緒に学校に行こうか?」という五反田の誘いを二つ返事で「ほいほーい」と受け入れ、ついでに女子高生らしいスタンプを送り付ける。私が使っていた地獄のミサワスタンプやヒモックマとは大違いだ。

 着替える。髪をとく。鏡を見てピチピチの女子高生であることに安堵する。

 よかった、夢じゃなかったんだ――と思うが、普通は逆ではないかと思う。やっぱり夢じゃなかった! と絶望するパターンが大概だとは思うが、この私は今のところこの世界を楽しむつもりでいる。もっとも、戻る方法が分からないだけ、という説もあるが。

 テキトーに焼いたパンに、冷蔵庫にあったバターを載せる。

「うわッ」

 思わず声が出る。

 ――旨いのだ、パンが。

 何かヤバめな薬が入っているのではないのか? それでなくても、例えば味の素てんこ盛り、だとか。味の素配合パン。なに恐れることはない。所詮はグルタミン酸ナトリウムの塊だ。うまみ成分凝縮パン。

 これはいけない、いけませんわよと半分程度食べたところで追加のパンを二枚トースターに投入する。もちろんバターをたっぷりとつけてだ。

 食べる。旨い。ハンパではない。もちろん味の素のおかげではない。察するに、単純に良いパンと良いバターを使っているのだろう。ここころなしか何の気なしに冷蔵庫から取った水も上手い。多分これもいいやつ。

 改めて部屋を見渡して、なるほどと少し合点がいく。この女、かなりハイソでブルジョワジーなご家庭に育ったと見える。おそらく複数原料米や一斤百円を切る食パンなど食べたことがない、そんなご家庭ですくすく育っているに違いない。

 一斤百円を切る食パン。アレは極めて不味い。生で食べると想像を絶する味だ。一度友人に提供したことがあったが、「不味い素を入れているのでは」と言われた。

 ――登録商標、不味い素。入れるかそんなもん。

 翻ってこちらのパンとバター。旨い、旨すぎる。こんなものを毎日食べて暮らしている人間がいると思うと怒りで湯が沸かせそうだ。堪え難きを堪え忍び難きを忍ぶ、現実世界で擦り減った私の生活がある一方で、こんな生活をしている女がいる。なんの苦労もなく、だ。許せない。

 そんな怒りに満ち満ちた怨念パワーとパン、バター、高級そうな水を腹の中に蓄えていると、ピンポーンとインターホン。ハイソな家は鳴き声まで美しいのだ。


 いっけなーい、遅刻遅刻。


   ☆


「ねえマコト、あなた――すっごい見られてるわよ? 気づいている?」

 香織にそう言われたのが二時間目と三時間目の間の休み時間。

 授業は何もかもが懐かしかった。

 一時間目の数学。少し髪が薄い先生が鬼神のごとき素早さで黒板を白く埋め尽くしていく。三角関数の解説をしているらしいが、何も頭に入らない。当時と全く同じだ。昔も同じように何も頭に入らなかった。

「ハゲぴょんに質問したから?」

 正確には「先生、ちょっと板書が速くてノート取れないんですけど」と手を挙げて意見しただけだ。カール・ルイスよろしくのスピードで消費されていくチョークがお気の毒。

「違うわよ。誰もハゲぴょんの授業なんか聞いてないんだから。あんなの写真撮っちゃえばいいのよ」

 確かに、アイドルの撮影会かと思わんばかりのフラッシュが授業中に焚かれていた。ハゲの後頭部が輝いて眩しかった。ちなみに今は写メとは言わないらしい。言わなくてよかった。

「そうじゃなくて――ほら、マコトが学校に来るときナオトと手繋いでたでしょ? アレ、まずいわよ」

「どうして?」

「どうしてって……ほら、教室の外」

 香織が教室の外を指さす。顔をそちらに向けようとすると「目線だけで」と小声で言う。スパイでもいるのか?

 言われた通りに目線だけ向けると、いるわいるわ。金髪縦巻ロールの女を筆頭に後ろに控える有象無象魑魅魍魎。

「結構人がいるわね」

「『いるわね』じゃないわよッ。武者小路様のグループじゃない。あの五反田親衛隊の」

「五反田親衛隊!」

 そんなのもいるのか、と手を口で覆う。ヒトラーかよ、とは言わない。女子高生は独裁者の話題は取り扱わない。あるのはCanCanと小悪魔アゲハのみ、だと思う。次点できゃりーぱみゅぱみゅの話。ちょっと古いか?

「武者小路様に目を付けられてこの学校に残っていられる人はいないわ。さっさと誤解を解いた方がいいわよ。学校一のアイドル、ナオトに関しては神聖にして侵すべからずの協定が結ばれているわ。第二条八項に『いかなる場合においても手を繋ぐべからず』の文言があるのを忘れたの?」

 忘れたもなにも、そんなもん知らん――と言い捨てるのは早計であると香織の目が語っている。

「じゃあどうすればいいのよ」

「分からないけど、とにかく謝った方がいいわよ。もしかすると、この街にもいられなくなるかもしれない」

 随分大仰だが、そこまで言うからには何かあるのだろう。

 香織の忠告に従い、言い訳をしに敵陣に乗り込む。お土産があった方がよいだろうか?

 がんばれー、と他人ごとのように――実際他人ごとなのだろうが――応援する香織をおいて教室を出る。廊下で一対五、六の構図が出来上がる。

「武者小路様、ご機嫌麗しゅう。二年E組の大崎マコトでございます」

 そう恭しく挨拶を繰り出す。戦闘の基本は先制攻撃だ。

「あんたフざけてんのッ」

 と武者小路の後方のスピッツが吠える。どうやら私の先制攻撃が気に障ったらしい。小さな瞳。これはこれで可愛らしい。アダルトビデオの女優だとすると、私ならとりあえず視聴動画は見る。

「お姉さまは大変お冠よッ」

 再びスピッツが吠える、が、

「夙川さん、お静かに」

 武者小路が手だけで制する。「はしたなくってよ」

 でも、と続けようとするスピッツを置いて武者小路が一歩前に出る。

「ご機嫌麗しゅう、大崎さん」

 おいスピッツよ。こいつの時代錯誤な挨拶には文句は言わないのか。

「なぜこちらに出向いたか、理由はお分かりね?」

「はて、なんのことでございましょうか」

「とぼけるな!」

 武者小路の左後方、豆タンがそう言う。豆タンというのは、もちろん私が見た感じで付けてあげた愛称だ。イクで豆タン、はいよあんさん。

「これを見なさい!」

 青い革張りの小冊子を見せつけてくる。

「なになに……限りある資源を有効に使いましょう……?」

「違う!」

 豆タンが慌ててページをめくり、再び目の前に冊子を突き出す。

「あなたの朝の手つなぎはこの条項に違反するわ!」と豆タンが見せてくるのは、先ほどの二条八項。

「なるほど」

 ふん、と頷いてしまった。確かにこの法には違えた行動をとったようだ。ただそれが何になるというのだ?

 そうした態度が豆タンの逆鱗に触れたのか、

「なるほど……だとォ。このガキゃ、下手に出てりゃあつけ上がりやがって……」

 と言って指をパキパキ鳴らし始めた。女子高生にはなかなか出せない迫力である。

 が、酸いも酸いも酸いも甘いもかきわけた私である。そんじょそこらのティーン・エイジャーが吠えたところで動じることは無い。

 そうなればとるべき手段は一つだ。

「――すみませんでしたッ。恐れ多くも公共の財であるところの五反田を占有してしまい、誠に申し訳がございませんでしたァ」

 直ちに謝ってしまうに限る。

 面食らったのか、豆タンは「お、おお」と言い後退り。やはり三下でしかない。世が世ならモヒカンで世紀末な女だ。暗闇では背中に気を付けろよ。隙があればいつでも修正してやる。

 ところがどっこい、首領の女は随分肝が据わっているらしく、

「思ってもないことを――言うんじゃありませんッ」

 びし、とどこから出したのかハリセンで私の肩を打つ。

「ッ!」

「他の目は欺けても、この武者小路の目は欺けません! 恥を知りなさい!」

 なんだか時代劇じみてきた。ほほほ、と悦に入るこいつは随分と目障りだな。お蝶婦人、というか漫画に出てくるような、絵に描いたような嫌な奴だ。絶対金持ち。

 その後武者小路はあることないことで私を罵倒し続けた。よくもまあそんなにレパートリーが続くな、と途中から関心さえ覚える。悪口のデパートである。こんなにも悪口で関心させられたのは、じゃりン子チエのマサル君以来だ。

 女子高生の貴重な中休憩20分をたっぷりと浪費して武者小路は満足したのか、三年生の教室に去って行った。帰り際に豆タンが、

「これに懲りたら二度と手を出すんじゃないわよ!」と廊下に唾を吐く。


 今週の掃除当番が廊下でないことを祈るばかりである。


   ☆


「じゃあ学食でも行きますか」

 子守唄宜しくの四限の古典の時間を乗り越えた香織が声を掛けてきた。香織はどうやらひと眠りかましていたらしく、額を真っ赤にしている。もう少し寝方もあるだろうに。

「はやくいかないと学食混むわよ? お昼休みは――戦場なのよッ」

 ビシっと大仰に宣言された。戦場を前にして君は寝るのか?

「戦場って……それは言い過ぎじゃない?」

「何言ってんのよ、らしくもない。食堂の女帝と言われたマコトらしくないんじゃない? ライバルを蹴散らして突き進むあの覇気はどうしたのよ?」

 どうしたも何も、そんなもの持ち合わせていない。この体の持ち主は強靭な生命力を持ち合わせていたようだ。そんなんなら気を失うなよ、と思うばかりだ。

 しかしなるほど、学食システムをどうやらウキウキウォッチンとはいかないようで、足早に教室を後にする。食いっぱぐれては午後からの戦いにも支障がでよう。


 実際、学食は思いのほか戦場だった。

 食券を買い求めるシステムを採用しているようだが、列の統制機能が全く機能していない。早い者勝ち、ではなくでかい声を出したもの勝ちに近い。この場で女帝の名を冠したとは、大崎マコト恐るべしだ。

 しかし少女漫画的に考えると、ここはしなを作ってアピールした方が良いのではないか……と考えていると、

「随分お困りのようだね、マドモワゼル」

 女性生徒が「わっ」と騒ぐ。

 百万本のバラが舞った、ような気がした。

「代官山様よっ!」

「今日もお美しいわ! 私、生きててよかった!」

「代官山商事の株式は、今日も右肩上がりですわ!」

 そんな奴が学食に来るなよ、と思ったが来ているものは仕方がない。現実を否定する訳にはいかないのだ。

「あ、ありがとうございます。でもお構いなく」

 明らかに面倒臭い気配に満ち満ちていたので、好意を謹んで辞退する。多分こいつも親衛隊みたいなのがいる。間違いない。

「そんなことを言わずに。困っている女性を見捨てたとあっては代官山家の名折れだ。ここは僕の顔を立てると思って――さあ」

 さあ、って言われても。

 怪訝な顔をしていると、

「欲しい定食を言ってごらん……僕が願いを叶えてみせる」

 定食ごときでよくそんな大それたことを言えるな、と思いながらも、

「じゃ、じゃあコロッケA定食で」

 面倒かつ役得なので、ついついお願いしてしまう。

「あのう、差し支えなければ私はダッカルビ定食でお願いします」

 横から消え入りそうな声で香織も便乗する。そんな定食あったのか。私もそれにすればよかった。あと、遠慮してるの声だけだからな。全然図々しいことを自覚して欲しい。

「なんだい子猫ちゃんたち。欲がないんだな。『メガ盛り☆ほっけ定食』でもいいんだよ」

 平日の昼に食べるものじゃあないだろう。女子高生がほっけなんか食べても旨いもんか。

「いえ、私はコロッケAで充分です」

「あ、じゃあダッカルビ定食にグレイテスト・パフェも付けていただければ……」

 再び図々しいお願いを繰り出した香織に、

「フッ……罪な子猫ちゃんだな。でもそういうの、嫌いじゃないよ」

 代官山は謎のウインクで答える。

 そして大音声で、

「おばさま!」

 と一喝。食堂が揺れる。女性生徒の黄色い声援がいつしかピンク色に変わる。

「チーズダッカルビ定食にグレイテスト・パフェ。コロッケA定食に――今日の日替わりランチで宜しく頼もう!」

 さんざん言った割にお前は日替わりランチかよ、とずっこけるが、

「流石代官山様! 庶民の気持ちを理解されようとしているのね!」

「ああ、私もう麗しさで胸が一杯ですわ!」

「どうでもいいけど、さっさと注文済ませてくんないかな……」

 女子生徒の歓声と男子生徒のうんざりした表情が我々を見守る。慣れたものとばかりに、陛下よろしく手を振る。いや、男子生徒に手を振るなよ。

 もちろん食堂のおばさまはそんなことに動じることなく冷静に返す。流石にプロなのだ。

「あいよ。しめて2980円ね」

「コイツでお願いされたい!」

 代官山が懐より取り出したるは、キラリと光るアメリカン・エクスプレスのプラチナ・カード! いや、食堂でカードなんて――

「あいよ~」

 慣れたもんだね、おばちゃんの返事。

「通るのかよ!」

「当たり前じゃない。もうキャッシュレスの時代よ。そんなことに一々驚いていてどうするのよ」

 グレイテスト・パフェをしれっと獲得したことによりホクホク顔の香織にたしなめられる。

 いやあ、隔世の感だなあと変なところでジェネレーションギャップを感じる。


「子猫ちゃんたち、お・ま・た・せ」

 窓際の陽当たり良好な席に陣取った私と香織の前に、日替わり定食――今日は野菜炒め定食らしい――を持った代官山が笑顔で姿を見せた。にこっと笑う白い歯が眩しい。歯磨き粉のCMに出れそうだ。

「いえいえ、全然お待ちしていません」

 盆にチーズダッカルビ定食とグレイテスト・パフェを無理やり乗せて、それでもちょこんと可愛らしく座る香織が答える。お前、そんな可愛らしくしても、テーブル見たら大減点だからな。

「いきなり話しかけて悪かったね。どうやらちょっと困っていたようだったから」

「ちょっと人が多くて辟易してしまって。でもお代まで出して貰って、いいんですか?」

 コロッケA定食を目の前にして答える。極めて普通の定食。ごはん、コロッケ、付け合わせのキャベツ、みそ汁、ホウレンソウのお浸し。しめて380円也。

「もちのロンさ。このくらい社会に還元しないと、バチがあたるよ」

 どうやらそれなりに金持ちらしい。もっとも、食堂の定食程度ではその度合いはさっぱり分からんのだが。

 それじゃあ遠慮なくいただきます、と言ってコロッケに手を付ける。

「うんうん。僕はそうやってご飯を美味しそうに食べる女の子を見るのも好きでね」

「ホントですか! ありがとうございます」

 口元をチョコレートで真っ黒にした香織が答える。食べる順番が違わないか?

「それはそうと」野菜炒めを優雅に食べながら代官山が言う。

「見かけない顔だけれども、何年生かな? もしかして、転校生?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんですけれど」

 もぐもぐと食べながらざっと状況を説明する。

 記憶をなくしていること。女番長に詰められたこと。

 もちろんえっちいことをすると激流に飲み込まれることは、言わない。

「なるほど――それは大変だね」

 代官山が真剣な表情で心配する。本質的に真面目でいい人なのだろう。こういう人間が上司に欲しかった。

「でも、この娘もちょっとずつ生活には慣れてきているんですよ? ね?」

 香織がちょっと興奮気味に言う。おそらく興奮しているのはパフェのせいだ。ダッカルビ、冷めるから速く食べた方がいいぞ。

「僕が気になったのは」

 野菜炒めを突きながら代官山が言う。貴族なお方はキャベツの芯の混入率が高い野菜炒めはお気に召さないと見える。

「自慢じゃないけれど、僕は学内の全女生徒の名前と特徴が頭に入っている。この人はこういう雰囲気の人だ、というデータ・ベースが頭に入っているんだ」

 なかなか気持ち悪いことを言ってのける。ただのプレイ・ボーイというか下半身が先行しているだけじゃないか。顔が良くて金があるからいいけれど、そうでなかったらただのやべーやつだ。鰯水かよ。

 しかしそう思っても顔には出さない、つもり。出ていなければラッキー。

「しかし」と代官山は続ける。どうやら私の表情は合格点を乗り越えていたようだ。

「どうも君は見たことがないような気がした。だから声を掛けた、というのもある」

 もちろん困ってそうだから、というのが主因ではあると言うが。

「どのあたりが今までと違いますか?」

 素直な質問をぶつける。別段大崎マコトをトレースして生きるつもりはないが、参考資料として聞いておくのはそう悪い選択肢ではないだろう。

 上手くは言えないが、と代官山は前置きして、

「以前までの君――大崎マコト君はどちらかと言うと真っすぐで素直。悪く言えば直情傾向。つまり分かり易い性格のように見えて、そんなところが一つ可愛らしくもあった」

「なるほど」と相槌を打つ。可愛らしいかどうかは多分に個人の主観に寄るところ大なので、そこは置いておくとする。

「ところが今の君は――なんと言えば良いのだろうか。良く言えば、妖艶」

「妖艶」

 人生でこんな表現をされる日が来るとは思わなかった。思わずオウム返しだ。

「そう、妖艶。大人の魅力というか、思慮深さがバシバシとここに伝わってくる」

 代官山が親指で自分の胸を指す。つくづく絵になる男だ。周りの女生徒がうっとりと見ている。香織は山と積まれたパフェをいつの間にか処理し終わったようで、チーズダッカルビに戦いを挑んでいる。だから順番絶対逆だって。

「ただ――妖艶というだけには収まらない、かもしれない。言い方が悪くて恐縮だが、こう黒いというか、紫というか。腹に一物抱えるような――。一歩引いて冷静、というのとはまた違う。冷めた何かがとぐろを巻いて心に渦巻いている、そんな君が見える……」

 それきり代官山は黙り込んでしまった。じっと目を細めて、私を見つめてくる。

 目を逸らす。反射、ではなく意識してだ。

「いやだなあ――そんなものないですよ」

 笑って代官山の視線を打ち消す。

 金持ちで軽薄なおぼっちゃんに見えて、なかなか油断ならないやつだ。第一印象からイメージを書き換える必要がある。こいつは油断ならない。もしかすると、いや、深く付き合うとますます私の中の違和感に気付くだろう。それがどういう坂道を転がりだすかは分からないが、私にとって良い方向に転がっていく可能性は低いような気がする。

「考えすぎですって、そんなの。そんな別人みたいに言わなくても。私は私、大崎マコトですよ」

 うーむ、何か違和感があるんだけれどな――とのたまう代官山の不安を拭うべく、こちらから質問をくりだす。

 家柄は何か。お金持ちですね。三年生ですよね、進路とかどうするんですか、彼女とかって、いたりします――?

 その全ての質問にきらりと光る歯――と挟まったニラ――を見せて淀みなく答える代官山に、ほっとする。どうやら懸念は打ち消せた、のかもしれない。なお、彼女はいないが許嫁が外国にいるらしい、というマメ情報の入手に成功した。周りの女子が悲鳴を上げている――盗み聞きは良い趣味とは言えないぞ――のを見るに、ショッキングな新規情報らしい。

 食事も済んだところで、最後に、

「あとデータ・ベースの話をしたときちょっと顔しかめたでしょ。そういうところも、今まではなかったよ」

 ――あ、バレてた。


 香織と二人してお礼をいい、代官山とは別れた。

「何かあればいつでも」と代官山は言っていたがおそらく「いつでも」というわけにはいかないだろう。周囲を見渡さなくとも周りの女の視線が刺さる。

「い、いこうか」

「うん……」

 香織と二人、そそくさと食堂を後にする。


   ☆


 もちろん五時間目と六時間目の間に、

「たのもう!」と代官山大好きクラブのアネゴたちが勝負を仕掛けてきたのは言うまでもない。五反田といい、代官山といい、この学校にはいくつファンクラブがあるんだ? やれやれ。

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