第5話

「よし、降りるぞ」

 五反田は気を取り直したようで、私に対してリードするような動きを見せる。いいじゃん、男として気概があるよ。だからそれに答えよう。

「うん……ありがとね」

 限りなくかわいく上目遣いに、かつ全身の間接を内旋させ女子っぽいポーズを取り――要すれば五反田の琴線に触れるような動きを最大限取り入れた上で、

 ――手をつないだ。

 一瞬で五反田が熱くなるのが分かる。んもう、ウブなんだから。

「お、おい」

「なに?」

「――な、なんでもない。いくぞ」

 電車を降りる。ぷしゅ、と間の抜けた音が響き、私たちが降りた電車は進む。私達も歩を進める。手を繋いだまま。

 五反田の緊張がめちゃめちゃに伝わる。分かる、分かるぞその気持ち。自分がホの字な女の子に手を引かれる。これほど嬉しく恐れることもあるまい。いつの日かと夢見ていた、しかしいつの日かと恐れていた。それが手つなぎイベントだ。

 残念ながら私にこの経験はないが、フィクションでの経験は充実している。例えば某農大の漫画ではそんな場面が印象的に描かれていた。もっとも、あの漫画では男が女をリードしていたけれど

 五反田にとっての蜜月は改札で終わりを告げることになった。そりゃそうだ。手を繋いだまま一体どうやって改札を抜けられよう。中国雑技団じゃああるまいし。改札を迎えた瞬間に、手を強くぎゅっと握った思春期の君を忘れない。

 しかし、もう少し活躍してもらわなくては困る。なんと言っても、そもそも私は家の場所が分からないのだから。だから、

「本当に申し訳ないんだけど……家まで案内してくれない?」

 今度はすこしさばさばと、しかしときめきを失わないように注意を払い伝える。送り狼は許さないけれど、まだチャンスはあるので送って行けよ、という意図。そして記憶が飛んでいるということも改めて強調する。

 それは伝わったようで、

「ああ。どこまで忘れているかは分からないけれど――」

 少し顔の火照りが止んだ五反田が歩きながら、家の場所やお互いの関係性を淡々と喋る。

 五反田としては好きな幼馴染と沢山喋る機会というのは嬉しいかもしれないが、こっちとしてはNPCに喋りかけて情報収集をするつもりでしかない。もしも人格としてNPCを肯定する場合、その態度はが少し申し訳ないが、そうも言っていられない状況なのだと自分に言い聞かせる。


   ☆


「じゃあ、今日はありがとう」

 背伸びしてキスを繰り出してやろうと思うが、うぶなイケメンには刺激が強すぎると思い自粛。乙女の唇は安くはない。必殺技は、必殺の時に使うから必殺技なのであり、この場合では必殺にはならない。まだ少し早いかな。

「おう、じゃあまた明日な」

 笑顔で五反田を見送る。うふ、ういやつういやつ。

 大崎邸を後にして左隣の五反田邸に帰っていく彼の背中を見る。やっぱり少し細すぎるな。イケメンは何を食べて生きているのだろうか。アボカドか?

 ただいまー、と言っても誰もいない。両親不在という都合の良い情報はインストール済みだ。

 イケてる制服をハンガーにかけ、ほっぽってあったスウェットに着替える。個人的にフリフリの付いた部屋着は好みではないので、大崎マコトという人間に好感を覚える。

 階段を上がり、自室に向かう。一階は取り立てて特徴のない、いわゆる親子三人で暮らしてございます、という生活感。

 扉を開ける。二階正面の自室。

 イメージ通りの女子高生、それもちょっと垢抜けないタイプの女子高生の部屋だな、と思った。少し桃色基調ではあるが、ショッキングなピンクではない淡い色使い。部屋の中央に鎮座ましますは大きめのぬいぐるみ。少し前に流行った茶色い熊がリラックスしているやつ。最先端の熊はケーキ屋をしているが、いつの世でも熊は人気だ。そしてちょっと背伸びして買ったような女性誌。何かを勘違いし始めた頃合いだろう。

 スリッパを脱ぎ、ベッドにダイブする。ベッドに染みついた女子高生の香りが私の疲労を回復する。

 天井を見る。韓流アイドルのポスターがないことにまずは安堵する。もしもそんなものが貼られていたら、脚立にでも登って駆逐しなければいけないからだ。私は彼らをあまり好まない。何が出来るか分からないのにモテているからだ――あいつらは農作業や重機の運転が出来るのか? バック転で世界を救えるか?

 幸いにも何も無かった天井を見つめながら、先ほどの情報収集の成果を咀嚼する。

 まず私、大崎マコトのパーソナル・データだ。

 私立華桜学園の二年生。成績はそこそこ。女友達は多いかと尋ねると、まずまずとのこと。あの香織とかいう女生徒といつもツルんでいるらしい――ツルんでいるという表現は前時代的だな。トイレの友とでもしておこう。とにかく、キャッキャウフフしているらしい。

 自分が野球部のマネージャーという情報は香織から聞いていたが、腰掛ではなくなかなか野球好きらしいという情報も入手した。そう言えば部屋の隅にベイスターズのヘルメットのレプリカがある。あれは開幕カード観戦記念のものだろう、なかなかのファンだ。しかしこの男大崎、90年代以来のベイスターズファンである。女子高生に知識で劣るということはまずない。ここでボロは出るまい

 そして一番大事な点。それは彼氏がいないということ。上手く聞き出した。

「それで――私って彼氏いたの? ほら、やっぱり花の女子高生じゃない。彼氏の一人や二人ぱーっといてもいいんじゃない? それか一途なほのかな恋心とか! 秘めたる恋心今咲かんとす、みたいな? それか親が決めた許嫁とかいないの? どうなのよ、そのへん」

「い、いないと思う。俺にそんなこと聞くなよッ」

「なんでよ、別にいいじゃないだって幼馴染なんでしょう。そういうこと分かってるんじゃないの?」

「いいから、そういうことは香織に聞けよッ」

 ……というウブな五反田とのやりとりを重ねて、一応はいないだろう、ということが分かった。でも、もしかしたら憧れの君、みたいなのはいるかもしれないな。花男のF4みたいな。でももし大崎マコトが主人公タイプならそういうことにはならないだろう。アンチF4でございます、という態度を取りつつもなびかない、でも惹かれていっちゃう――という心の機微は想定できる。

 とにかくはっきりしたのは五反田が私にホの字ということだけだ。NPCの少年よ、頑張れ。

 その他細かい情報はちょいちょい聞き出せたが、明日香織に確認せねばいけないことは山ほどある。明日は忙しいぞ――。

 私がまどろみの世界に堕ちようとすると、窓をコツリと叩く音。なんだこのクソ眠いのにと思うが一応カーテンを開けると、五反田とバッチリ目があった。

 ――ああ、そういう、ね。

 五反田のポジションを完全に把握した私は、窓を開けて彼と少し話してやることにした。幼馴染も大変だよ。

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