第4話

「マコトぉ?大丈夫~」

 甘ったるい声が聞こえる。そう、さながら女子高生のような……。

「ねえ、もう学校終わっちゃうよぉ?」

 ゲームオーバーとチュートリアルも三回繰り返せば慣れたもの。

 パッと目を見開き、

「香織ぃ~」

 と呼びかけ抱き着く。

 伊達に三回もゲームオーバーになっていない。この程度ならばセーフなハズだ。

 果たして――激しいGは訪れなかった。うむ、この程度の役得は許してくれないと困る。

「もうマコトったら、やめてよぉ。びっくりしたじゃない?」

 そう言って私の両肩を押し返す香織。

 ただ私は知っている。この娘が存外にまんざらではなく、結構なスキンシップ激しめ女子であることを。

 結構な美少女同士なのでこの瞬間をカメラに収めて心のアルバムに収納したいところだが、残念ながらそのたわわに実った脂肪の塊の感触をこちらの小さな胸に留めることで満足したいと思う。

「あれ、私――何してたんだっけ?」

 もちろん演技だ。全部知っている。

 あのねー、マコトはねーと香織が、私が保健室で寝ているいきさつをとうとうと話し始めたが、一回目で全て聞いているので知っている。

 その時間を使い、この状況の再整理をする。いや、もはやこのゲームの、と言い換えてもなんら問題はないだろう。

 自分が全くの他人になりきる。ある程度の行動規制――この世界で言えばえっちなこと禁止――がある。そして、ゲームオーバーになっても、それなりの罰則はあるもののセーブポイントから復帰できる。

 これがゲームでなくて何だというのか。まさに私がイメージするゲームそのものである。もっとも、最近のゲーム情勢は複雑怪奇らしいが。最もシンプルな類の、所謂「魔王倒すぜ」系のゲームに当てはめるとこの状況は割合すっきりする。

 そうなると、もはや既定の二時間というのは意味がなくなるだろう。まさかゲーム内時間経過二時間でおしまいです、ということはあるまい。なので、例えば雑居ビルの個室に閉じ込められてマトリックスしている、という線は消している。元の世界に戻った時に延滞料金を払わせられると敵わないが、まず問題はないだろう。戻れるかどうかは置いておいて。

 ただ問題なのは、この世界で何が求められているかがさっぱり分からない。何度かゲームを多少のアクシデントを乗り越えて何度か楽しんだ結果でしかないが、さっぱりわからん、というのが現状である。

 これは困った。クリア条件が分からないゲームほど難しいものはない。例えば格闘ゲームでも、時間内を生き残ることが最も重要なのか、あるいは相手の撃墜数が重要なのかでプレイングは全く異なってくる。もっと言えば、ある種自己満足的なゲームなのかもしれない。例えば、理想の村を作ろうとか、市長になって人を集めようとか。その場合は数値が達成目標になるのだろうか。

 いずれにせよ、どういう目的であれ明示してほしいものだが、ご都合主義的にパラメータ表示があったり、分かりやすい妖精のガイドがいたりもしない。自分で探すしかないのだろう。

 とにかく今わかっているのは、ゲームオーバー条件だけ。これはあまりに酷なのではないか。

 ふう、とため息をつく。するとベッドの傍らに座っていた香織が、

「ねえ、ちゃんと聞いてるぅ?」と言ってベッドからすっと下りた。

「見た感じ元気そうだからそんなに心配してないケド」

「もう。もうちょっと心配してよね」

 私もベッドから降りて保健室用のスリッパを履く。

 立ち上がり、ベッドのカーテンを開ける。予想通り、鈍い西日が瞼を焼く。この西日を見るのは二回目だ。

 ところが何故か少し違和感がある。何がどうとは言えないのだが――、

「どうしたの?」

 香織が心配そうに私を覗き込む。ううん、大丈夫なんでもないの、と返すが、なんでも大有りだ。

 拭い去れない違和感ほど厄介なものはない。何かのキーを見落としている気がするが、ここでは見つけきれない。なんなのだ、一体。

 眉を顰める私をやはり心配したのか、

「やっぱり不安だから、私ナオト君呼んでくるね」

 ちょっと待ってて、と言い残し保健室を出て駆けて行く。

 置いてけぼりにされてはかなわないと、スリッパのまま追いかけようと扉を出たところで、

「おいっ。病人だろちょっと待たんかいっ」

 振り向くとレディース風の白衣の女がいた。切れ目で、これも美人。香織が可愛い系だとすると、こっちはキレイ系だ。

「ええと、」

 戸惑っているとその女が、

「保険医の目の前から走って逃げようとは良い度胸だな? え?」

 と距離を詰めてきたので、済みませんと言ってすごすごと保健室のベッドに戻る。

 そして目の前の丸椅子に腰かけたこの女、どうやら保険医らしい。

 それにしても偉く美人だな。身長は百七十弱ぐらい。イイ感じにヘタった白衣が「いかにも私が保険医です」というアピールに見える。それが妙に似合って、なんと言うか「姐さん」といったレディースの風体なのだ。

「なに、教室でずっこけたって? そんなに大はしゃぎしたのかい?」

 女帝のような喋り方をする女だ。こういう女をヒイヒイ言わせる系のアダルトなビデオももちろん守備範囲です。

「そうなんですよ。なんか結構頭打っちゃったみたいで」この女からも色々聞いておいた方がいいなと思い、

「なんか色々覚えていないんです」

 少ししなを作ってそう言った。

 保険医は一瞬「むむ」と困った顔をしたが、直ぐに、

「おお~よしよし可哀相に~」

 と私をその胸抱いて頭を撫でた。香水だろうか、ラベンダーの匂いが芳しい。

 横顔に胸がまともにあたり、「これってゲームオーバーでは……」という思いが去来したが、意識がブっとばないことを思うとセーフの判定らしい。やはり性器に直接ちょめちょめするのが問題らしい。ちなみに、女の肛門はさる筋によると性器らしいのでこれも気を付けなくてはいけないだろう。

 役得役得、と楽しんでる場合ではない。それにこの女の胸は香織より若干小さい。ぱふぱふされるなら、大きい方が良い。

「先生、ちょっとやめてくださいよォ」

「おお、悪かった悪かった。苦しかったか?」

 がっはっはと笑い私を解放する。見た目通り豪快な人間だ。いや、あまりにテンプレートに豪快過ぎないか? 別にいいのだが、それは個性を通り越して記号のように思える。

「しかし、記憶が飛んでるとなると心配だな……親御さんにはもう連絡したのか?」

「いえ、さっき気が付いたばかりなので……」

「頭を打ったわけではないし、一応ちゃんと動けているから問題ないとは思うがな。おそらく疲労か熱中症の類だろう」

「多分そうだと思います。本当に、もう大丈夫だと思います」

 病院に担ぎ込まれるのは面倒でたまらない。根掘り葉掘り聞かれてもボロが出そうで怖い、というのもある。

「いずれにせよ、大事をとるに越したことはない。でも大崎の親御さん、確かアメリカにいるんだよな、どうしたもんかね」

 ぶつぶつと呟く女。そう言えばこの保険医の名前も当然ながら知らないな。パッケージでもちゃんと見ておけばよかった。

 ――いや、ここで重要なのはそこではない。

 私の両親がアメリカにいるだって? そんなに都合の良い設定、今どき流行らない、というくらいには自由度が高い設定だ。一昔前の少女漫画ではありがちな設定だったが、最近は両親を無理から疎外することはなく、上手く生活に組み入れて貰っているパターンの方が多い。おそらく、その方がストーリーに絡めたりして話を進むコマの一つになるからだろう。折を見て旅行に出かけて貰えばいいのだから。

 思いを巡らせていると勘違いしたのか、

「おいどうした。そんな暗い顔して。あ、そうだっ」

 女が背中をバーンと叩いた。結構痛いスキンシップだ。

「五反田に送って貰えばいいんだ。お前ら家近かったよな?」

「は、はいそうです。家近いです」

 近いかどうかは知らんが、多分近いのだろう。余計なことを言って違和感を覚えさせないことが第一だ。しかし五反田って誰だ。

「そーかそーかよかったよかった。しっかしお前も羨ましいよな、あんなイケメンが幼馴染なんて」

「いや、そんなんじゃないですよ! 五反田君と私はその……」

 そう言ってもじもじする。この反応、正解か? 誰か答えを教えてくれ。

「そんな今更恥ずかしがるなって! あんな正統派イケメン、今どき珍しいぞ? 羨ましいなあ。私にも幼馴染がいたんだがこれがもうどうしようもないヤツで……」

「あ、あの。私ホントにもう大丈夫ですから!」

 そう言って立ち上がり、

「ホントにありがとうございます。今日はもう、帰ります!」

「あ、そうなん。まあ平気だと思うけど」

 そうだ、と女が言った。付箋をとり、なにやらガサガサ書いている。

「はい。私のライン。一応IDも書いておいたけど、名前で検索したら出てくると思うし」

 私に付箋を手渡す。

「ええと、『Kiyomi Hamamatsu』って本名そのまんまですね」

 本名どころか何も知らなかったが、自然だろうと思われる反応をすると、

「ふふふ。お前らひよっこにはまだわからんと思うがな、ラインの名前ってのは結構重要なんだよ。というのもな、例えば合コンをするとするだろう? そうすると」

「それって、合コン終わった後グループライン作ったときに、誰が誰だかわかんないっていう話じゃないですか?」

 そうなのだ。これは結構良くある話だ。

 合コン中は名字と名前の両方を覚えるのは実は結構難しい。特に自分が幹事ではないパターンだと、誰一人の顔と名前が一致していない状態から、自己紹介終了後にピタリ一致させないと会話の糸口すら掴めない。しかも、職業と趣味も最低限記憶しなければならない。そういったときに初めに脳内で切り落とされる情報は、名字か、あるいは名前のどちらかだ。なぜなら、どちらかだけ分かっていれば会話が成立するから。

 そして合コンの本番はそれで乗り切れるのだが、終わった後のグループラインを見て絶望する。そう、アイコンも顔写真ではない上に、名字か名前の一方しか登録していない輩が結構な割合で存在するのだ。これが原因で連絡できなかった子も数知れず……。

 と思いを先週の失敗した合コンに馳せていると、浜松が怪訝な目で私を見て、

「お前、見かけより遊んでんなァ……」

「いや、そんなことないですからっ。そういう話があるって聞いただけで! いや、ホントなんですよっ」

「またまた大先生。五反田君が泣いてるぞぉ」

 いやホント聞いただけなんですっていやホントです、いやあ経験豊かな大崎先生は違いますなァ、だから違うんですって――ときゃっきゃうふふとガールズトーク。

 男の頃は「あいつらホントうるせえな」と思っていたが、いざ自分でやってみるとなかなかどうして楽しいではないか。これも役得か。

「香織っ。大丈夫……みたいね?」

 扉をガラガラと開いて香織が顔を見せる。その後ろには、ひょろりとしたとんでもないイケメンが控えていた。

「今なんか、俺の名前言ってなかった?」

 声優かよ、というのがファースト・インプレッションである。いや、顔も整っているから俳優か。ジャニーズジュニアを煮詰めていいとこだけとったみたいな顔しやがって。身長も百八十くらいあるぞ。しかも、細いぞ。棒かよ。BMIどうなってるんだ。

「大崎が合コンマスターになったっていう話をしていたんだよ」

 浜松がそう答える。

 五反田が少しムッとした顔を見せるが、

「いいじゃん。マコトにもやっと彼氏が出来るんだな。うん、よかったよかった」

 うんうんと五反田が頷き、「じゃあ俺はこれで」と踵を返そうとするところを、香織が首根っこ掴む。

「いやいやだから説明したじゃんかっ。マコトがぶっ倒れて頭ぶつけたから家まで送ってやんなって言ったじゃん」

「香織が連れて行けばいい。友達だろ?」

「そうしたいのはやまやまだけど、私電車反対方向じゃない? だからアンタに頼んでんの。さっきそういったじゃないっ」

 五反田は「あーもうめんどくせーなー」と言って髪をくしゃりとかき上げた。めちゃめちゃサマになっている。何と言うか、優雅だ。

 ぼーっと見つめていると、

「ほら。さっさと荷物纏めろよ。帰んぞ」

 保健室の外から声が飛ぶ。

「う、うん」

 ベットから降りて、自分の鞄を探す。

 いや、鞄を探すと言っても、自分の鞄は分からない。おそらく女子高生っぽい鞄を探せばいいのだが――と考えていると、

「はい、これ! 持ってきておいてよかったわ」

 と香織が目の前に鞄を差し出してくれた。

「ありがとう」

 心よりの感謝だ。この世界に来て初めて言動と内心が一致した気がする。私は自分のカバンが見つかったことに対して礼を言ったが、おそらく持ってきたことの礼として受け取られただろう。でもありがとうの意味合いは違えど、ありがとうはありがとうだ。

「いいのよそんな。じゃ、行こ? 駅までは私も一緒だから」

 かたじけない。それじゃあと言って、一応保険医に頭を下げる。保険医がウインクで返す。

 踵を返して、廊下に出ると五反田と香織が何やら話し込んでいた。

「――やっぱり、なんか問題あった?」

 そう声を掛けると、ビクっと二人が挙動不審。

「いやいやいや、なんでもないの~。そうそう、私教室に忘れ物しちゃったから、後で追いつくわ。だから先に行ってて~」

 そう言って階段の方に香織が駆けていった。大方、私を見舞うのを優先してくれたのだろう。感謝、感謝です。

「それじゃあ――行こうか」

 後に残ったのは五反田と私。驚くほどイケメンだが、別に二人で帰ることに抵抗はない。イケメンは共有財産だからね。


 バカみたいに大きな桜の木が植わっている校庭を二人で抜けた。五反田が、一瞬校庭で立ち止まって、

「香織のやつ、ここで待っててって言っていたんだけどなあ」

 と木にもたれかかった。

 手持無沙汰で会話もなかったので、校舎を仰ぎみる。別に変哲もないが、あまりにも普通過ぎて……なんと言うか、全国の校舎の平均がこれですよ、というスタイルに見えた。それでも立派に見えるのは、人間の顔と同じく平均値は美しくなるのだろう。

 なんて、ぼんやりとしていても香織が来ない。仕方がないので、五反田と同じように背中で木を押す。

 そうすると背中越しに、

「あのさ――こんな状況で言うことじゃないかもしれないけれど……」

 口ごもる五反田。流石に気まずいのか、言葉が途切れる。

 ちょっと無口が過ぎたかな、と反省しフランクに答える。

「うん、どうしたのよ。ハッキングから今晩のおかずまでなんでも――」

 ハッ、と口を押さえた。

 ――流石に「今晩のおかず」はフランク過ぎた。

「……おほほほほ、忘れて忘れて、なんでもナーミンナーミン」

 手を目の前でパタパタと振る。

 五反田も我に返ったように、

「いや、こっちも大したことじゃなかったから。あはははは」

 おほほほほあははははと、お互い笑いあっていたら香織が来て、

「……なーにやってんのよ、気持ち悪い」

 そして一瞬五反田だけを睨んだあと、「行くわよ」、と言って校門に向かった。二人で慌てて後を追う。


 何事も無かったかのように――事実私がボロを出しそうになっただけで何にもないのだけれど――三人で夕焼け空の中駅に向かう。

 香織と五反田が並んで歩いている。美男美女で大変絵になる光景だ。今の私も随分な美少女なのだが、ここはかわいい系ヒロインに譲ろう。

 ちなみに何故三人横に並んで歩かないかと言えば、私の社会通念上の問題だけである。三人横に並んでいたら、邪魔ではないか。何より美男美女が楽しげにお喋りに興じているのに、私が割って入る必要はない。

「五限の日暮里の授業がね~、全っ然死ぬほど面白くなかったから、寝ちゃったのよ~」

「感心しないけどな」

「うっさいわね~。で、私が『部活行くか~』って気合入れていたらね、そしたら後ろでがんがらがっしゃーんってすンごい音がして。それで何事かと思ったら、マコトがひっくり返ってたってワケよ」

「それが田端に何の関係があるんだよ。あいつ部活の途中、なんかすんげー上の空だったぞ」

 五反田が自分の拳で頬を打つ素振りを見せ、変顔。

「ぼーっとしすぎて、サッカー部のボールが頬めりこんでた」

 歪んだイケメンの顔を見て、香織がきゃっと笑う。

「別に田端は本当に関係ないんだけど、そば通りかかった瞬間にマコトがいきなりずっこけちゃったみたいでさ。責任感じちゃってションボリしてんの。もう見てらんない」

「そりゃあ、こんなんでも女子を怪我させたってなったら結構問題だからな」

 二人がチラりとこっちを見る。ん? という表情を作ってしまった。何か私に求めているのか?

 対応策が浮かばずはてなマークを飛ばしている私の顔を、香織がぐーっと覗き込んで、

「まだ調子悪いのぉ? そこは『こんなんでもって何よっ』って、つっこむところじゃない」

「あ、ごめん」

 そうだったのか。しかしそれは相場なのか? それとも「大崎マコト」としての特性なのか?

「なんか調子狂うなァ。ホントにどこか打ちどころ悪かったんじゃないか?」

 五反田が眉をしかめる。しかめてもイケメン。

「そ、そんなことないよ。香織も、五反田君も心配かけちゃってゴメンッ」

 バッと頭を下げる。大抵のことは頭を下げれば解決するのだ。

 ……しかし返事がない。チラりと顔を上げて二人を見る。

 怪訝という表現は問題にならないくらいの顔をしていた。


 駅の改札で香織と別れる。

「今日のマコトがかわいいからって手ェ出しちゃだめよっ」

「うるせえな! 電車来るぞッ」

 五反田が顔を真っ赤にして香織に叫び返す。

 アデュー、と言いながら反対側の改札に香織が駆けて行く。私の横では、まだ顔が赤い五反田。

 うーん、女の体になったからというのもあるかもしれないが、こういうテンプレートに照れている態度のイケメンは中々どうしてそそるではないか。

 さて私たちもその反対側のホームへ、と思ったが単純な構造の駅なのに初めてだと分からないもので、

「えっと……」

 私がもじもじした動きをせざるを得ない。ほら、察しろと念じると、

「俺たちはこっちのホームだから」

 と五反田が答えを正しく先回り。「何でこんなこと覚えてないんだよ」と髪をまたぐしゃぐしゃとかき上げる。

「ごた……ナオト、ありがとう」

「いいよ。気にすんなって。それにしても調子狂うな……」

 もちろん私は演技である。

 先ほどの失態で、この五反田ナオトという男を「ナオト」と呼ぶべきだということを学んだ。

 香織が「幼馴染なのに今更『五反田クン』って、何よもう~」と言って抱き着いてきたので、重々に承知したのだ。

 そしてその脇でまた顔を赤らめるこの五反田ナオトという男の本心もまた分かってしまった。

 ――この男、大崎マコトに好意を抱いているな?

 確信はない。しかし、幼馴染でこの距離感というのはなんとなく不自然である。何も気にしていないならもう少しベタベラしてもいいのではないか、と思う距離感である。

「ねえ」

 鈍行列車に乗り込む五反田に声をかける。

「ん?」

 その頃になるとこの幼馴染らしい男も顔のほてりが収まったらしく、クールな雰囲気にまた戻っていた。

「普段の私ってどんな感じ?」

 ボンっと五反田の顔が赤くなった。そのまま動きを停めてしまったので、

「あ、乗ってからでいいから。ほら早く」

 とせっつく。

 海岸に向かう電車は夕方でも座れる程度の混雑だ。つまり、ワリとがらがら。

 角に陣取る。いつもの通り手すりにもたれかかろうとすると、体型の違いからかすり抜けそうになる。

 股を閉じて女子高生らしくちょこんと座る。左わきに、五反田。その距離、五センチというところだろうか。青春の距離だ。

「やっぱりいつもと何か違う?」

 上目遣いで五反田を見上げる。おそらく百点の出来栄えの表情になっているに違いない。

「う~ん」

 五反田はそう唸って俯いたが、やがて意を決したように、

「まず、なんと言うかそんな表情はあんまりしなかった……ような気がするな」

「そんなって?」

 無論、言いたいことは分かっている。私だって男だ。そんな上目遣いは、というところだろう。

「もっと詳しく言ってくれなきゃわかんないよ」

「ええと……」五反田が頬を火照らす。顔を背ける。

 イケメンのこういう動きは絵になる、とまた実感した。これはズルいではないか。フツメン以下がこんな動きをしたとこで「何を不貞腐れとんねん。さっさと押し倒すか乳揉むか二つに一つ、はっきりせいや」としか思われないだろうところ、イケメンではこの動きが正解になる。

 何故正解だと分かるかって――なんだか胸の奥がきゅんきゅんするからだよ!

 私も無言で顔を背ける。とっぷりと暮れつつある世界の中で、電車が揺れる。

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