第2話

「マコトぉ、大丈夫?」

 甘ったるい声が聞こえる。そう、さながら女子高生のような――、

「ねえ、もう学校終わっちゃうよ?」

 そうだ。VRアダルトゲームを堪能していたのだった。

 あまりの衝撃に意識が朦朧としていたのだが、三時間しか時間がないのにも関わらず、素材選びに10分もかけてしまった焦りから気合一閃で目を開ける。

 目の前に、そこそこの美少女がいた。

 少し明るい目の茶髪に、そこそこ賢そうな高校のセーラー服。

 ――いいねえ、と思わず舌なめずり。

 おっといけない、獲物の前に舌なめずりは三流のやること。さっと飛び掛かっても良いが、しかしひとまず状況を整理しなくてはいけない。

 まず女生徒の服装について。賢そうな、とは派手過ぎず、さりとて生徒からの不評も少なそうな、という意味。私の経験では、とんでもない進学校は制服が極めて非魅力的であり、学力が低い高校ではほぼ全員が改造制服――膝より異様に高い位置のスカートは私の好みではない――を着こんでいる。そこそこの進学校こそ着崩さず、そのデザイン性がそこそこに優れた制服を上手く着こなす女子高生が多い。これはあくまで私見であるが、私のヌきどころでもある。私見で結構。

 でもとにかく、痒い所をついてくるじゃないのよ――と舐めるように女生徒を見る。薄い茶色の髪色も好みだ。ヤリマンだろう。

「あ、やっと起きたのね? もう、いきなり倒れて大変だったんだから。掃除当番代わってあげたんだからね。……ご褒美、くれる?」

 なるほどこの女生徒が私のお相手らしい。しかもネコだ。とんでもない衝撃のせいでどんなソフトを選んだか忘れてしまったが、どうせ私のことだ。レズものだろう。なかなかどうして悪くないチョイスじゃないいか。

「さあ、早く起きて帰ろ?」

 その女生徒が私を促すが、そうはいかない。

 VRなゲームは、現時点では予算・技術的な制約がありほとんどが寝たままでプレイするコンテンツがほとんどのはずだ。男優に好き勝手に動かれたら、こっちが体験に没入できないのである。言うことを聞かないキャラクターが一番苛立つというのは、ポケットモンスター赤で、レベル100のモンスターを友人に貰った時に初めて自覚した。

 そんな言うことを聞かないピジョンレベル100の教訓を活かし、私はにこにこ笑いながら声を出さずに期待をして待つことにした。

「も~う、甘えん坊なんだからぁ」

 そういって女は私の手を取り、しだれかかって来るではないか。あたかも手に女生徒が触れ合った感覚がある。ここまでリアルだと、感覚までこちらにそう錯覚させるのか。

 ――これですよ。これが冒険なんですよ。ノーリスクの冒険、最高ではないか。科学技術の進歩に乾杯したいところだ。

 しかし時間は二時間しかない。十分すぎると思うかもしれないが、冷静にならなくてはいけない。三回はヌキたいからね。回復を考えると、最序盤に一発、というのは悪い選択ではないはずだ。画面的にもうリーチ入っていることもありますし、一発といきたいところ。

 視線を下半身に向ける。不意を突かれた肌のふれあいのおかげで、私の愚息が元気にしているはずだったが、角度的には女生徒の体と重なり、ちょうど見づらい位置。でも、そこにはモザイクはなさそう。いいじゃん。倫理いいじゃん。

 あ、でもレズものか。そのへんどうするんだろうなと一瞬考える。ふたなり的な設定で乗り切ってくれるのだろうか。

 ふたなりとは、簡単には女性器と男性器を併せ持つ反則スレスレの特性で、同人誌などに頻出する。フィクションの世界では「レズもので攻め役を担当するために、何らかの薬や魔術により、男根を持つ美形の女」という理解でおおむね共感を得られるだろう。

 モテない男はストライク・ゾーンが広くなり、ふたなりでも全然OKになる。そして私も例外ではない。

 もしこの状況も「男根盛り盛りサービスセット」だとすれば、いきり立つそれを見た女生徒はおそらく「きゃっ」と言って顔を赤らめるハズだ。ほら、はやくそういう反応をするんだ。頼む。そういうのも好物だから。

 しかし女生徒は、

「ほら、起きて」

 意に反して女生徒が私の首に肩に手を回し、ぐいと私を持ち上げる。もともとかなり近接していた体が、完全に密着する。

「うおっ」

 思わず声が出る。個室とは言え、大きな声がでたらまずいと思い、はっと口元を抑える。

 ――柔らかい。そして甘い匂い。これがVRか。かがくのちからってすげーよ。

 しかしここでヌいてしまうのは、流石に気が引ける。もうちょっといい所でヌきたい。私は連射が効かないタイプだ。連続して性行為を実施するタイプのビデオでは――例えば、結婚式場で間男と旦那に交互にヤられ、気づけば3Pになっているものなど――は、正直没入感はあまりない。むしろビーダマンを連想する。だからそれを見るときには、ドキュメンタリー番組を見る場合と同じ感情になっている自分がいる。ドキュメンタリーと言えば、アフリカではライオンがシマウマを食べています。ライオンは立派だ。シマウマも頑張れ。結婚式場では間男が女を食べています。男も立派だ。女も頑張れ。どちらも違う世界の話で、私には関係ない。冷めた視線で見てしまう。

 ――よし、全く関係ないことを考えて少し萎えた気がする。少し落ち着いた。

 また周囲を見渡す。

 VRゴーグル越しに見た自分の手が、目の前のセーラー服の女生徒と同じくラインの袖口をしており、これがまた結構華奢。どんな男子生徒なんだ? 最近の制服ってこういうものなのか?

 いや、それ以前に疑問に思わなければいけないことがいくつもあった。


 ――インタビューはどうした?

 インタビュー。結構飛ばす人も多いとは思うが私はアレが好きなのだ。といっても、全て見るということは少ない。ちょっと、微妙に欲しいというところ。シーク・バーで飛ばすけど、欲しい。面倒な飲み会には行きたくないけど誘って欲しい、みたいな。そういう感情。

 AVを見ない人に説明するときは、いつも「どうせ直ぐ捨てるけど、高級化粧品のパッケージって豪華な方が嬉しいだろ? アレと同じだよ」と言う。相手は「ああ、なるほどね。なんとなく分かったわ」と言って、その後私との距離を取ってくるパターンが多い。その場でキモいと言わないだけ、みんな人間が出来ている。でもそれは優しさじゃないと私は思います。

 多分、分かったのは私のキモさだけだったのだろう。「同じじゃねーんだよ」という皆様の声は、私にしっかりと届いております。

 いや、もっと根本的におかしいところがある。インタビューなんかなくてもいいんだ。VHSが巻き戻ってなくて、いきなり交尾シーンから始まること、昔はよくあった。前の利用者がどこでヌいたかなんて知りたくないよそんなの。

 いや、そんなことではなく、


――私が「うおっ」と言った際に聞こえた甲高い声は、いったい誰が出したものなんだ? という方が問題だ。


 私の声が個室に反響してそう聞こえたのか? いや、そうではないだろう。万全の態勢でヘッドホンも装着している私にそう聞こえるとは考えづらい。そうなると、ゲーム内の音声ということになる。こちらの反応を予測して声が出るようにしているのは、先読みが上手い脚本家なら出来なくはない芸当である。VRアダルトゲーム、なかなかやるじゃないか。

 だが、この肩にリアルにかかる感触は一体何なんだ? まさかさっきの受付の女がわざわざ私の為に来てくれたとでもいうのか? あのヤリマンが? そこまでサービスしてくれるのかと思うと、あのギャルもまんざらではない――いや、多分違うだろう。それなら、あんな生ゴミを見るような目つきはしないハズだ。

 疑問は尽きず、はてなのブーメラン。しかし、肩にかかる女生徒の感触は明らかに本物だ。

 そして私はこう結論付ける。

 何らかの異常が発生したに違いない、と。よくわからないが、なにかおかしい。それだけは間違いない。

 残念だが仕方がない。安くはない料金だったが、なんとかいちゃもんをつけて半額程度にして貰おう。そして受付のヤリマンで、帰って一発ヌこう。あれはあれで結構かわいいから。

 始まってもいないのに、ゲームオーバーか、とため息。心なしか胸が重い。

「ホント大丈夫? ……私の名前分かる?」

 女生徒が少し不安になった――という設定なのか、冗談めかして名前を聞いてくる。しかし残念ながら、私は君の名前を知らないし、多分次回は別のソフトを使うから君の名前を知ることはないだろう。いつか君と違う場面で出会うかもしれないし、この業界は人材難らしいのでおそらく今とは違う名前の君と出会うことになるだろう。それまでおさらばだ。

 意を決して眼前に手をやり、VRゴーグルを外そうとする。


 ――いや、外せなかった。正確には、空振りして自分の顔を触っただけに終わった。

 何かがおかしい。女生徒の肩に抱かれた状態から立ち上がり、足元のスリッパを掃く。いかにも保健室でございます、といったていのスリッパのリアリティには感服するが、そんなことは気にしていられない。こんな状況でも律儀にスリッパを履く私も私なのだが。

 保健室のものと思しきカーテンを開ける。そして目に入るのは、やはりいかにもな保健室と、そして感じる薬品の匂い。なるほどよくできたVRだ、という思いはもはやなく、どす黒い――いや違うな、ピンク色の違和感だけが胸を支配していた。

 窓の外を見る。いい色に焼ける夕日が眩しい。そして夕闇に溶けつつある窓ガラスが私の姿を反射する。

 その顔には、当然野暮ったいVRゴーグルはついていない。改めて手で確認しても、やはりついていない。念のため頭の後ろに手を回し、ゴムバンドかなにかが付いていないかも確認するが、やはりそんなこともない。そして顔面に張り付くひきつった表情は、目が大きく、口が小さく、襟足に届くくらいのショートカット。髪が青ければ稲垣早希とコンビが組めそうな容姿だ。

 また、ゲーム開始時点では、現実世界ではあられもない姿だった下半身には、スカートとタイツが身に付けられている。

 これはもう、アレだ。こういう状況で述べる言葉と言うのは相場が決まっている。というかそれしか言えないのだ。いざその場面に置かれると、実感を持って言えそうだ。

 ガラスの向こうの自分にサヨナラを告げ、女生徒に顔を向ける。

「ええと――ここは、どこ……私はダレ?」

「う~ん、結構頭打ってる?」

 怪訝そうな顔つきでそう返された。

 いや、ホントにここはどこだ? そして私は――誰だ?

 私はいい歳してピンクの話が大好きな社会人大崎誠。ピンクの話ならエロじゃなくても大歓迎。少女漫画も大好きです。でもミニモニだけは勘弁な。

 しかしこの保健室に立っている女は紛れもなくわ・た・し、なのだ。

 状況が何一つ理解できない。

 いきなり「あなたが勇者です」と言われて「はいそうですか」と納得できた主人公である彼らはそれなりに肝が据わっていたのだなあと思う。もし私なら即刻回れ右をして、転職サイトに登録。エージェントとの面接に臨むだろう。「前職では勇者をしておりました。主に荒野で魔物を狩る業務において主戦を務めた経験があります」と言う。やってられるか、勇者なんて。

 仕方なく意識的に半笑いを作って、女生徒に尋ねる。

「う~ん、全部忘れちゃったかも。私、誰だっけ?」

 冗談っぽく笑う女生徒に見えただろうか? 窓ガラスは背中側で、確かめる術はないが、女生徒の顔色を伺うに、そうそう外れた顔をしていたわけではないように見える。


 とにかく、この状況下では勇者――ならぬ、美少女になりきるしかなかった。

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