第20話

あかりと何時ものように会話していると、目の前を散歩しているご老人がしゃがみ込んだ。「大丈夫ですか?」と声を掛けると「ありがとう。大丈夫、いつもの事だから」と言い残し、暫くして立ち去って行った。「あの人もう長くないわね」「なんで?」「何となくわかるのよ」あの人には失礼だが何となくなら誰でも分かる。「湊はサバイバーの感情が見えるんだよね、私は生きてる人の命の灯みたいな物が見えるの」「命の灯かぁ、どんな風に?」「ロウソクみたい」「じゃあ、俺のも見えるの?」「言わない」まぁ見えてはいるだろう。近しい人の余命宣告するような事は敢えてする事もないだろう。

どこからかボールが足元に転がってきた「すみませ~ん。ボール投げてください!」「あぁ、行くよ」ボールを投げ返すと「ありがとうございます!」と気持ちの良い返事が返ってきた。世の中捨てたものじゃないと感心しつつ、自身の年齢を実感した。「なんか嫌ね、人の命が見えてしまうのは」そう呟くとあかりは一人で遊ぶ印象深い男の子をずっと見ていた。

 サラがHIG日本支社の特別役員に任命された。とは言うものの、実際は決議で必要な頭合わせで何もしない。本匠とハート氏との密約があるので、それ以上の事はさせられない。「ミナト、暫く一緒に居られるわね。嬉しい?」元引きこもりには少々返答に困る「あぁ、勿論だよ。サラと一緒に過ごせるのは嬉しい事さ!」とストレートに返す事が出来ない。「あぁ、そうだね」サラには申し訳ないがこれが今出来る自分の精一杯なのだ。

 時々サラはこの部屋へ泊まりにくる。ある時、別の部屋に引っ越そうかと相談したが、俺は少し勘違いをしていた。サラにこの部屋だから良いと言われた。姉あかりが感じられ、存在した最後の場所だからだそうだ。サラは俺に会いに来ると同時にあかりにも会いに来ている。あかりを切り離した場所ではサラには物足りないのだろう。愛するという意味が核家族化した日本とは少し違う、家族まるごと愛する事はサラが住む国にとっては当たり前の事なのだ。

 定期健診で病院を訪れた。相変わらず元気なお年寄りが既に順番待ちをしていた。最近あまり調子が良くない、眩暈の頻度が多いのだ。受付を済ませ人気の少ない場所で待っていると、点滴をしながら歩く、見覚えのある少年がいた。「あれ?ボールを拾った時の少年だ」売店で買い物をしている少年を待つ看護師に声を掛けた。事情を話し何があったのか聞くことが出来た。「ご家族の意向で病名は明かせませんが、余命3ヶ月の重い病気です」衝撃的だった、この前まであんなに元気な姿で走り回っていたのに。ふとあの時を思い出した、あかりがずっと少年を見ていたのは「命の灯」がはっきりと見えていたのだ。「こんにちは、少年」「あ、眼帯のおじさん」「まだお兄さんにしておいてよ」会話をしていて何も悪いところは感じられなかった。「今度、サッカー教えてよ」「いいよ!でもおじさんはちゃんと体直してからね、じゃあね」屈託のない笑顔で手を振りながら病室へ戻っていった。もう会えないのだろうか?「70番のサカシタさん!70番のサカシタさーん!」遠くから診察の呼び出しが聞こえた「すみません、すぐ行きます」看護師に注意されたが耳に入って来なかった。あかりの言う「命の灯」も俺の霊視があっても何も出来ない、人ひとり助ける事も出来ない。そんな能力があるから余計に無力感が堪える。

 愛と命は平等に存在する。人は当たり前に手が届く愛と命に興味はない。病気や怪我、大切な人や自分の命が脅かされ、期限が付けられる。失ってしまうと恐怖する瞬間に初めてその輝きと尊さに気付く愚かな生き物だ。もしその時が来たのならば、それは一番大事なものに気付ける最後のチャンスなのかもしれない。

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