第19話

後日、公園で「私が満足するまで、サラの通訳頼んだからね」あの後、姉妹は打ち解けていた。まるで打ち合わせをしていたかのようだった。そして追い詰められた・・いや嵌められた俺は、シリアスな場面に水を差す勇気はなくあっさり撃沈した。その時の返事はこうだった「俺はあかりの事が好きだ。サラの事も好きだ。」と混乱した俺を見て二人は大笑いしていた。今思い出しても情けないが率直な気持ちだった。思惑通りの展開に二人は満足している事だろう。

「いや~まいったね。まさかあそこで返事聞くとか」「やられたよ・・」「なるほど我が妹に一本取られたわ、でも湊だって満更でもなかったでしょ?」あかりは微笑むと「彼女で良かった、本当に・・湊の気持ちも分かるし凄く嬉しいよ、でも前に進んで欲しい」

誰であれ何れこういう結末になる事を、苦しみ決意して望んだ筈だ。いつまでも足踏みをしている俺を、これ以上見たく無いという思いからだろう。そしてサラもそんな俺に運命的な何かを感じてか、共に生きたいと思ってくれた。不思議なほどにリンクした二人のタイミングもそうだが、それは時間や空間も超越していた。双子という計り知れない強い絆、だからこそなせる業なのか?

 HIG日本支社の設立が決まった。その関係もあり、サラはハート氏と暫く日本に滞在する事になった。当然、本匠もハートと頻繁に顔を合わせる事になり、そしてサラとも。本匠は顔に出す事は無いものの、内心は嬉しい筈だ。ただ亡くした娘の生き写しが近くにいると考えると心境は複雑だろう。

仕事で本匠と同席した帰りの車の中だった。「この前は娘の一周忌、ありがとう」そう言われたが、未だにあかりと普通に会えてしまうので実感がなかった。「君はまだ若い、だからやり直す事が出来る。ここで立ち止まらず、前へ進め」そうあかりも同じ事を言っていた。本匠は続けて「サラはサラとして見てやってくれ。情けないが私には出来なかった」「はい」そう短く答え、窓の外を見ていた。恐らく本匠の事だ、サラとの関係を既に察しているのだろう。どれだけ気丈に振舞っても、乗り越える事が難しい時もあるのだと悟った瞬間だった。

 時折、体の変調が気になっていた。事故の後遺症だろう、季節の変わり目や天候によって眩暈が強く出る。定期的な検査では異常は無く、暫くじっとしていると治まるので気にしてなかった。しかし今回は違っていた。デスクワーク中にいつもの眩暈とは違う何かを感じた。魂を引き抜かれるような感覚に襲われそのまま意識を失った。サラが事務所に訪れるまで半日ほど経っていたらしい「ミナト、デスクで寝ていないでソファで横になったら?ミナト?」遠くで聞こえる呼び声と体を何度も揺さぶられた感覚で目を覚ました。まるで溺れて沼の底から引き揚げられた直後のように意識が朦朧としていた。「死んでいるのかと思ったわ、呼吸も浅かったし」深刻な表情をしているサラを見て、事の大きさが理解できた。思い返すと恐怖や焦りなどは微塵もなく、むしろ眩暈の中で幸せに満たされて行く感覚をはっきり覚えている。

 ソファにもたれながらサラに話しかけた「夢を見たんだ。胸の中にある青い炎が徐々に小さくなっていく。鏡を見るとそこに年老いた自分がいた」すると「やっぱりミナト、死にかけていたみたいね。あかりに会えた?」本気なのか冗談なのか・・結局弄られるのはどちらでも一緒なんだと諦めた。

 あの夢が何を意味しているのか今は分からない、悲観も希望もしない。ただ目の前の出来事だけを見据え、やるべき事をやるだけだ。それが自分にとって納得のゆく結果を得られると知っている。より良い結末はその先にあると信じて皆、日々を生きている。

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