第18話
それから時は流れ、春の気配がより強く感じる。事故から一年が経とうとしていた。時は川の流れのように、何があろうと強制的な規則性をもって流れ続ける。そのルールに全ての者は、抗う事は出来ない。だが残存世界のサバイバーは、自分の時が一秒も進む事なく存在している。生きし者の時間の流れをどう受け止め、自分の時間が進まない事にどう感じているのだろう?
「明日、サラがこっちに来るんだ」「ちゃんとエスコートしなさいよ、私の妹なんだから」「うん。あのさ、サラに言われたんだよ。私があかりに見えるかって」「それで?」「そう見ているかもしれないと」「湊。あなた昔から鈍感ね」そう言い放つと「じゃあ、はっきり言うね。サラは湊が好きなの。ずっと前に言ったよね?残念だけど私は湊と同じ時をもう歩めない。湊の事が好きだから、足を引っ張りたくないって。一度サラを連れて来たでしょ?悔しいけど彼女すごく良い顔してたよ。だから彼女をちゃんと見てあげてねって」あかりの決意の意味が、ここまで言われて初めて分かった。やはり鈍感と言われても仕方ない。あかりの意思を読み取ろうとせず真に受け、サラにも気を遣わせた挙句この馬鹿さ加減。あかりは全てお見通しだ。俺の微妙な気持ちの変化に気付くほど、ずっと見ていてくれた。その時分かった。どの世界に居ても時間の流れなど、どうでも良かったのだ。どれだけ時間を費やしたかが大事ではない。たった今、目の前で直面している出来事にどう向き合うかが一番大事なのだ。時間の経過は結果であり、長短を気にする事自体が無意味だ。人生は短く有限で一生掛かっても答えが見つからないかもしれない、だからこそ真摯に向き合い続ける事が大事なのだろう。
サラを空港まで迎えに行った。「サラ、会いたかった」人目も憚らず思わずハグをした。彼女は不意を突かれた表情で頷いた。車に乗り込むとサラは「ミナトは大胆ね」と顔を覗き込むように囁いた。その言葉で恥ずかしさが込み上げてきた。
ホテルの部屋に荷物を運び入れると「ミナト、あかりと話せないかしら?」と背後から問いかけてきた。理由を聞こうと、ベッドへ腰を下ろした。彼女は真剣な眼差しで「あかりに自分から伝えたい事があるの、お願い出来る?」と続けた。その時の眼差しは、あかりの決意を感じた時と同じ眼をしていた。
次の日、一緒に遅めのランチを食べた後、公園へ歩を進めた。その日は穏やかで散歩するには最高の小春日和だった。日が落ち始め肌寒く感じたその時、あかりは傍に立っていた。「宣戦布告かな?」そう俺に囁いた。「サラ、今俺の右側にあかりがいる。俺に話しかけてくれ、伝える」するとあかりは「丁度いいわ。私英語分からないから通訳お願いね」そう言うとサラの隣にポンと軽く飛んだ、すると風もないのにサラの髪が舞い上がるように靡いた。「本当に居るのね」そう確信するとサラは続けた「あかり。昔話をゆっくりしたいけど、まずあなたに伝えたい。私はミナトと一緒に生きていきたい、そう願っている事をまず許して。あなたの代わりにはなれない、けれど時間が掛っても彼の傷を埋める努力をするわ。」そう伝えると「やっぱこうなるよね。湊はサラがここまで本気だった事知らなかったでしょ?」「そうだね」言葉に詰まった。「私は湊の事は今でも好き、これからもずっと好きでいると思う。けれどもう彼を助ける事は出来ない。だから約束して、何があっても彼を置いて先に死なないと。もうそんな思いは彼にさせたくない、私一人で十分」「わかった、あかりとの約束は必ず守るわ。信じて」当事者の俺が両者に伝えるのは複雑な心境だ、二人の気持ちが逃げ場のない俺に重く伸し掛かっていた「それで、ミナト。今ここで返事を聞かせて」「えっ?」サラの止めの一撃がさく裂した。そうだまだ返事をしていなかった。
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