第14話

やはりこの戸籍謄本攻略のクエストは避けて通れないのか。あかりも少しずつ元気を取り戻り、調子も戻ってきた。「なぁ真夏の公園でしかも夕方って、蚊の餌食だな」そう愚痴ると「そう、どうぞ涼しい所で気の合う人とお過ごし下さい」蚊の餌食になる前に悶絶死しそうだ。「ところで婚姻届、記名と捺印しておいたよ」と反撃すると「な、なに馬鹿な事・・」彼女は顔を背けると、揺らめきが徐々に萌黄色へと変わって行いった。感情が見えるのは便利な能力だ。

 あれからサバイバー達と出会う機会が度々あった。話を聞いたり、会話をしたり、慰めたりと、何一つ特別な事はしていない。でも最後には必ず「ありがとう」と感謝をされた。そして「納得」して輪廻転生に消えて行く、サバイバーの最後を見届ける時は「本当に良かった」とその度に心が満たされ思う。自分しか出来ない事だからなのか、その理由を考えてみた。

現実世界では人の役に立てればと弁護士になったが、半分は生活の為と割り切っている。でもそれは本当にやりたい事とは少し違った。本当に自分が求めていたものとは、シンプルに「ありがとう」というひと言が欲しかったのだろう。これからもその「ひと言」の対価の為に、輪廻転生への橋渡しを続けるだろう。いつかあかりを見送る時が来たら、彼女はどのような結論を出して「納得」するのか?はたして俺はその結論に納得出来るのだろうか?その時が来るまでにもっと心の広い人間になっていたい。

 ある日、あかりが突然語り始めた「私がすごく小さい時、両親がお店やっていたの。その時仲の良かった女の子が居てね、でも名前も顔も思い出せない。突然いなくなって凄く寂しかった事は覚えている」やはり本匠は彼女の記憶に姉妹が存在しないように、刷り込んだのか。「私、何日も泣き続けてね。そしたらお母さんが手紙をくれて(あなたが大人になったら読んで)って言われたのに忘れちゃったの。お母さんがくれた最後の手紙だったのに」「その手紙は見つかったの?」「湊と一緒に住む事になって、荷物の整理をしている時見つかったよ。でも、手紙じゃなくて戸籍謄本が入っていた」そうかあれはあかりが取って来た訳じゃなかったのか。母親が自分のいなくなった後、あかりには姉妹がいる事を伝えるものだったのか。ならばその双子であった事実を知っているはず?「私、お父さんに電話で聞いたの、なんでお母さんの最後の手紙が戸籍謄本なのか。電話で話す事じゃないから会って話す約束したけど、理由を聞く前に私、死んじゃった」だから本匠はこの件を「墓場まで持っていく筈だった」と俺に言ったのだ「あかりはどう思っているの?」と尋ねると「たぶんお父さんは私の為に嘘ついてまで、一生懸命に隠してくれたのかなって思うよ。だから今は直接理由を聞かなくて良かったと思う」自由奔放に何不自由なく育ったご令嬢がこれほど優しい心の持ち主だった事を、今更気付いた俺は恥ずかしく思った。

 そのあと、さらに恥ずかしい事を聞かされる羽目になった。やはりあかりは戸籍謄本を見た時から、昔仲の良かった子が双子の妹だと確信していたらしい。さらに俺が婚姻届を見つけたのなら、一緒の封筒に入っている戸籍謄本も見て、この事実も知っているだろうと。その上で昔の事を語り始め、俺を試したのだ。

 俺は一世一代の覚悟をもって、婚約者家族のタブーというこのクエストに挑むつもりだった。だが間抜けな勇者を尻目に、彼女自身のクエストは既に終了していた。彼女が練り上げた「婚姻届の仕返し」ストーリーの上で俺は踊らされ、それを見て楽しんでいたのだ。多少の脚色はあるものの、彼女の言葉に嘘偽りはなかった。包み隠さず本当の事を打ち明けてくれた。呆気ないクエストの幕切れとなったが悔しいと思うより、むしろ清々しい気分だった。

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