第12話

興奮も冷めやらぬうち、ハート氏と後から現れたサラに見送られながら別荘をあとにした。数奇な運命の渦に巻き込まれてしまった、この何ケ月かで一生分のノンフィクションドラマを経験したのではないか・・契約を済ませたら帰ろう、あかりの待つ場所へ。

 「坂下君、ハート社長とはゆっくり話せたのかい?」帰りの飛行機の中で探りを入れられた。「おかげさまで、自分にとって有意義なお話をさせて頂きました」「そうか、それは良かった。全てを知った顔だな、あいつは余計なことを・・」やはり見抜かれていた。男として尊敬する本匠だが、ハートの方が数段話しやすかった。その後、ふて寝を決め込んだように、目的地に到着するまで本匠はシートから起き上がる事はなかった。

 帰国後は契約の履行手続きを進める為に、何日か休む間もなくバタバタと過ごした。やっと久しぶりの休暇が取れた「あかりに凱旋報告だ」喜んでくれるかな?夕方まで時間がある、部屋の掃除でもしよう。あかりの遺品へ目が行った。「双子か。戸籍謄本があったな」思い出したかのように封筒の中身を丁寧に引き出した。そこにはサラの旧名だろう、「ひかり」とあり大きくバツ印が付いていた。ふと疑問に思った、あかりは本当に中身を見ていないのだろうか?そうこうしているうちに夕方になっていた。やばい、行かなきゃ。部屋の電気を消す事も忘れ、部屋を飛び出すように公園へ向かった。

「契約は終わったの?」開口一番、素っ気ない言葉が耳元で囁いた。「あ、うん。無事終わったよ、ただいま」なんだろう、この不安な気持ちは。あかりから蒼白い揺らめきが発せられて、俯いたまま表情さえ分からなかった。「どうした?」「私に何があったか教えて」あかりの方を見る事が出来ず、正面を見たまま凍り付いた。もうごまかせない、これ以上無理だ。「分かった、少し時間をくれないか?」そう優しく促すと「うん」と一言頷いた。もうすぐ8月だ、今日は一段と暑い日だった。部屋に戻るまで暑さを感じる事はなかった。

「坂下君、ちょっと部屋まで」本匠社長直々のご指名に預かった。

「失礼します」重厚なドアをノックし中へ入ると「そこへ座って」とソファを指さし、何か書類を選んでいた。その何枚かを手にすると、こちらへ歩み寄ってきた。「これが顧問弁護士任命の誓約書、これが新しい事務所の場所と見取り図・・」約束が果たされた瞬間であった。ひと通り説明が終わると、本匠はソファに深く座り直し語り始めた。「まずはおめでとう、夢が叶ったな」あかりが亡くなってから初めて見る本匠の笑顔だった。

 そして続けた「君に話しておくべき事がある」そう言うと、「実は帰国直前にハートからひと通り、君に話しをしたと報告があった」そう前置きして、「内容を察して他言無用」とくぎを刺された。

そして俺をなぜ今回、交渉の適任と考えたかを語った。理路整然と変わらない口調で「今回の資本提携の目的はサラだ」。どうやらサラが次期社長候補と知っていたらしい。ハートは今回の資本提携でその座を降りる事を決めていたと同時に、再婚も決めていた。

 本匠はハートとある約束をしていた、サラを一人の女性として幸せにするまで独身を貫き、普通の人生を歩ませる事を本匠に誓った。だがその約束は破られ、あろうことか次期社長の椅子に座らせようと画策した。ハートが社長の座を退けば、最前線に引っ張り出されるサラは救えないと本匠は焦った。それがきっかけで次期社長となるサラをサポートする為、自然な形で資本提携をハートに持ち掛けたのだ。

 そこであかりと婚約した弁護士の俺だ。万が一、双子である事を知られても、一人だけならば丸め込めると白羽の矢が立ったのだ。あかりから俺の事を聞いていた本匠は、俺の目の前に餌をぶら下げ、俺はその餌にまんまと食いついたのだ。

 しかし、予想外の事が起きた。あかりの突然の死だ。これを聞かされたハートは、またも自分の過ちにと愚かさに気付き考えを改める事となる。再婚は取り消し、死ぬまで社長の座を守る。そしてサラを次期社長候補から外す形になった。元々HIGからすれば、今回の提携は喉から手が出るほど欲しかった、本匠も陰ながらサラの近くで、その行く末を見届ける事も出来る。結果論ではあるが、サラがあかりと瓜二つである事は本匠にとって救いであろう。二転三転したが皆が思う「ベスト」とは呼べないが、ベターな結果となった。そう思惑通りになったのだ。

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