第11話
朝、目が覚めると昨日の出来事が未だに信じられず、ぼんやりと考えを巡らせていた。通りすがりに見掛けただけなら兎も角、短いが言葉を交わした記憶がある。名前さえ違うものの、他人の空似なんてレベルじゃなかった。ハートは日系3世のアメリカ人だが、写真で見る限り親子と言われても全く違和感がない。それともこの世に3人はいると考えられている「空似を超える」レベルの人間が、たまたまサラだった?そんな偶然ありえるのか?可能性があるのは、生き別れになった双子というシナリオが一番しっくりくる。でも姉妹さえいない、一人っ子のあかりから聞いた事はない。何も確証はないが、本匠とハートは何か知っているかもしれない。この不思議な状況を当事者に聞く事は、少し慎重に行うべきだと思った。
詰めの交渉も無事終わり、残すは本契約の締結のみとなった。少し拍子抜けしたが、再調整が必要となった場合の予備日を使う事は恐らくない。出来レースではないかと、疑いたくなるほどに話は順調であった。「そうだこの予備日を利用して、ハートから上手く話を聞き出せないだろうか?」本匠に了解を得られれば行動制限は特にない。ロスを拠点としているハートに会って話せるチャンスは今後、そうはないだろう。
そして思惑通り許可が得られた事を確認すると、すぐハート氏の秘書にアポイントを取り付けた。後日、先日パーティで利用したハート氏の別荘を指定され、1時間だけ許可された。今回の契約には一切触れない事を予め約束した上で、会話の内容は「あくまでプライベートな事柄」に限定して会う事になった。
ハート氏のボディガードにエスコートされ、サラが戻っていった離れの部屋にハートが待っていた。「ようこそ我が隠れ家へ」ハートは片言の日本語で迎えてくれた。時間が余りない、挨拶も早々に切り上げ、矢継ぎ早に話を進めて行った。3か月前、本匠の娘と婚約した事、突然事故で亡くした事、ハート氏の娘があかりと瓜二つである事、そして本匠とハートが以前仕事を共にしていた事。ハートは何から話しを進めるべきか、腕組みをして考えていた。
ゆっくりと口を開くと「そうか、君があかりの婚約者だったのか、今回の事はとても残念だった。」そして淡々と語り始めた。「サラは小さい頃、養子として私が引き受けた。君はあかりに双子の妹がいた事を知らされていないようだね」やはりというべきか。驚きはなかったが、次の言葉に息を飲んだ「君はあかりの婚約者だったね。その事を踏まえ真実を全て話そう。双子の父親は私だ、相手は本匠の妻だった人だ」そしてハートは両手で頭を抱えながら、誰にも話す事が出来なかった辛さや後悔を一気に吐き出した。
ハートの妻は若い頃病気を抱え、一生子供を授かる事が出来ない体だった。その時ハートは本匠と共に会社を立ち上げ順調に軌道に乗り始めた矢先、ハートの妻は若くして他界した。その事実を知った本匠の妻が献身的に支えた。一線を越えてしまった彼らには子供が出来た、しかし許される事ではなかった。本匠の妻はハートを庇うため「自分たちの子供」と偽り育て始めた。
しかし彼女はハートへの気持ちを断ち切る事が出来なかった。全てを知った本匠は子供を切望して、苦しみ続けるハートを見捨てる事が出来ず、サラをハートの元へ養子に出す決意をした。本匠の妻は独断で双子を引き離した事に激高し、その後失踪した。
その後も本匠とハートの交流は続いた。今回の資本提携があっさり行えたのも納得だ。ただ理不尽な理由で双子は互いを知る事なく引き裂かれ、片方は真実を知る事なくこの世を去った。この世には知らない方が良い事もあるのかもしれない。そして本匠は男気のある寛大な人間である事を認めざるを得ない。俺には真似できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます