第10話

「明日からロスに交渉で出張に行ってくる」夕方になっても蒸し暑さが残る公園でいつものようにあかりと過ごしていた。「ふーん。可愛い女の子がいるといいねっ」「あのな、おまえの親父も一緒だぞ。それでも心配か?」最後には「飛行機、落ちちゃえば良いのに」あの口ぶりでは大分調子が良さそうだ、心配ないだろう。しばしの別れに後ろ髪を引かれつつ、公園を後にした。「落ちて死んだら一緒だな」と公園から離れた事を確認した後、突っ込んでみた。考えた事がどこまで伝わってしまうか分からない、ある意味黙って隠す事が出来ないのは面倒だ。

 翌日、本匠の会社から車で空港向かった。広い空港の中を歩きながら、「そういえば海外は卒業旅行でグアムに行ったきりだな」と思った瞬間、本匠から「海外は初めてかい?」と見透かされたように、切り出された。当然、「卒業旅行でグアムに行っただけです」とオウム返しのように返答するしかなかった。「意図せずパスポートの記入欄が真っ白なのが見えてしまった」本匠は少年のような表情で少しおどけて見せた。この人は抜け目がない、気を抜くと足元をすくわれてしまいそうだ。漠然とした危機感を感じながら、敵ではなくて良かったと少し安堵した。

 長いフライトを終えて目的地へ無事到着した。入国審査を通り抜け、出口へ向かうと「本匠様」と日本語で書かれた紙を迎えの外国人が掲げていた、おかげで英語の中の漢字が非常に目立ちスムーズに合流ができた。その日は時差ボケ調整で書類のチェックをしながら、一日ゆっくりと過ごせた。

 現地視察の日、陽気で良く喋るおじさんが案内役として付いた。しかし参った、相手が何を言っているか分かる、それに対する回答も頭にある。英検1級を有するもブランクがあり、会話で言葉が出てこない。問題は元々が口下手である自分が日本語であろうと、突然流暢に話せる訳がない。まるで何年も口を塞がれていたのに、いきなり話せと言われているようだ。何とか乗り切りその後、HIGの主要役員達との会食がハート氏の別荘で予定されていた。

 プール付きの豪邸だ、これで別荘とは恐れ入る。料理人を呼び寄せて立食ビュッフェスタイルの会食、まさにアメリカンスタンダードと言った所だ。本匠の英語は流暢だ、やはり輸入品を扱う会社を長年やっていたせいだろう。あの振る舞い方や言い回しは、資格を取っただけの俺には到底できない芸当だ。

 少し飲みすぎた。酔い覚ましを兼ねて豪邸内を散策させて貰おう。さすがにアメリカンドリームと言うべきか、失礼だが日本の社長とは実入りが違いすぎる。こっちにもサバイバーは居るのだろうか?

興味本位で眼帯を外し、静かにプールサイドの椅子に腰を掛けた。

辺りを見渡しながら「まさか筋骨隆々のマッチョが迷彩服着てマシンガン抱えてないだろうな」変な妄想をしていると、反対側のプールサイドの奥に女性の姿が見えた。眺めていると気付いたのかこちらに歩いてきた。暗闇に目が慣れてきて、目を細めるようにしていると顔が見え始めた。酔いが一瞬で覚めた「えっ?あかりがなぜここに?」目を疑った。右目で見ようとしても見えない、慌てて反対の目で見直した。「見える、本物だ・・」言葉を探していると「こんばんは、大丈夫ですか?」「はい、ちょっと飲みすぎて。でも大丈夫です」「そうですか、楽しんでいってくださいね」そしてその場を立ち去ろうと歩き始めた「あの、お名前伺ってもよろしいですか?」振り返り微笑むと「サラ。サラ・ハートです」我に返り「私はミナトサカシタです」「宜しく。ミナト」そういうと離れの部屋へ戻っていった。「瓜二つだ。全てが」彼女はハートと言っていた、ハート氏の娘である事は察しがついた。当事者に話を聞く理由が出来た。

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