第8話

あかりがいる、こんなすぐ近くに。夕暮れが公園をまるで映画のワンシーンのように映し出していた。ゆっくりと眼帯を外して隣を確かめると彼女のシルエットが右目にはっきりと写り込んだ。時折右手に何か触れる感触がある、視線を落とすと手を繋ごうとしているようだった。「寂しかっただろう?」「そんな事ないよ。ずっとここで待ってた」お互い言葉短めだが精いっぱい会話を進めた、彼女の姿はとてもきれいな緑色の揺らめきに包まれていた。「あのね、よく分からないけどこの公園から出られないの。あと上も下も分からない暗闇の中にいる夢を何回も見るの、なんで?」少し混乱した様子を見せていた。そして今までの寂しさを一気に埋めるかのように、他愛もない話を沢山した。

日が沈み陽光がビルの陰に遮られると、同時に彼女の姿も消え去っていた。だが奇跡の再開も束の間、会話の中で耳を疑いたくなる衝撃的な「ある内容」が、いつまでも頭の中を巡った。「引っ越しの荷物片付いたの?早く居酒屋行こうよ、入れなくなっちゃうよ~。」そう確かに彼女は言った、彼女は死んだ事に気付いていない。時間も死ぬ直前で完全に止まり、何度も繰り返している。なぜ彼女がここに縛られているのか、後で分かった事だが彼女が衝突された直後、この公園の敷地まで飛ばされて発見された。それが理由だろう。

そしてなぜ同じ時間を繰り返すのか?恐らく亡くなった時刻が夕方だったからか。彼女が死んだ事に気付いていないのは、あまりに突然な事故で気付く間もなく即死したからではないかと思う。ただ彼女なりに色々と矛盾も感じていたようで、俺の手が握れなかった時に「何か手の感覚がおかしいの、ごめんね」と気にしていた。

遅かれ早かれ、何れ彼女は今の状況を知ってしまう時が来るだろう。だけどそれまでそっと見守ってあげたいと思った、「いつか真実を切り出さなければならない」その日が来るまでは。

複雑な気持ちのまま部屋に辿り着き、真っ暗な室内で途方に暮れているとじわじわと怒りが込み上げてきた。なぜまたこんな酷い仕打ちを俺に課すのだろうか、ただでさえ彼女の死と向き合い、自身も死の淵に立たされ障害まで背負った。しかも何の罪もない彼女に追い打ちを掛けるように、死刑宣告を俺にしろと?冗談も休みやすみにしてくれ、一体俺が何をした?

やるせない気持ちと何も出来ない無力さに肩を震わせ、ガランとした部屋の方隅でシーツに包まり膝を抱えながら一夜を過ごした。

それからほぼ毎日のように「その公園」へ通うようになった。やはりあかりと会える時間は決まっていて、夕方から日没のようだ。サバイバーとしての彼女の記憶は、基本会うたびにほとんどリセットされていた。しかし、日を追うごとに会話の変化が感じられ、新しい記憶が少しずつ蓄積されているようだった。昨日の会話の続きが出来るのはとても嬉しい、だがこれが意味するのは別れの日が近づくという事なのだろうか。

ここ最近、自分の能力にも変化があった。あかりに毎日会っているせいなのか、ほとんど普通に見えてしまう。感情の揺らめきはより繊細に読み取れ、普通の人間が透けている感じで、サバイバーを右目が捉えている。だからあかりと話していても笑ったりする表情がはっきりと見えるから、これはこれで素直に嬉しい。どこまで進化するのか楽しみ半分といった所だ。この能力も体に馴染んで来たのか、あの突出して研ぎ澄まされていた感覚も無くなった。眼帯で遮蔽しているとサバイバーの姿は見えなくなり、あまり気にならなくなった。必要に応じてサバイバーに応えたい時に、眼帯を外して能力を開放する感じだ。この能力の向上はあかりの存在なくしてあり得なかった、彼女に感謝する事が一つ増えた。

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