第7話
収穫はあった、本匠家に行ったのは正解だった。中庭で出会ったご老人は自分が亡くなっている事を理解していた。未だに自分を殺した当人だと悟っていたにも拘らず、ずっと弟の事を心配していた。兄であったご老人は弟にはいつも寂しい思いをさせてしまったと、もう一度会って謝りたいとも話していた。会話の中で察するにご老人が見ている景色は今も昔のままなのであろう、在るはずのない桜の木を指さしては思い出話を楽しそうにしていた。死者には時が止まった状態で時間の概念はないようだった、到底こちらからはその景色を伺え知れない。この世に未練を残し亡くなっていった人達が時の狭間に何かの理由で残り続け、その思いを全うしようとしているように見える。この世に残る人へ思いを伝える最後の場所、もう一度だけ自分という存在が居たという事を気付いて貰う為だけにある世界。敢えてこの死者の世界に名前を付けるとしたら「残存世界」と呼ぶのが相応しいだろう。残存世界は恐らくこの世と表裏一体で背中合わせなのかもしれないが、間違いなく交わる事はない。だが俺のようなイレギュラーな存在は兎も角、「虫の知らせ」とか「夢でお告げ」とか感じ取る事が出来た人は、もしかして一瞬だけ残存世界と繋がり死者からの最後のメッセージを受け取る事が出来るシステムなのかもしれない。人は死んだらあの世へ行き、輪廻転生の循環が待っているのではないのか?まぁ誰ひとりそれを証明した人はいないが・・でも確かに死者は今も残存世界で彷徨い続けている、呪縛霊として動く事が出来ない者、ふらふらと当てもなく彷徨い続ける者。もし全ての死者が残存世界に集まるのであれば夥しい数の死者がそこら中に見えるはず、しかし真夜中の街中を歩くかのように意外と少ない。同じ死者でも残存世界に留まる者とまた別に死者の世界が存在していて、そこにそうでない者が別にいると考えるのが妥当だろう。少しだが残存世界の存在意義が何となく垣間見えた気がした、もっと他の死者の話を聞いてみたい。残存世界に残る死者達、それぞれの思いはこの世で生きている人達と何も変わらないのでは?図らずともこの世から死をもって切り離された人達を「死者」と一言で切り捨てるのは何だか気が引ける、これからは「サバイバー」と敬意を表し呼ぶ事にしよう。
翌日ちょっと気は進まないが「あの場所」へ行ってみるか。
あの場所とは事故現場だ。季節も変わり汗ばむような日だった、途中あかりが好きだったカスミソウの花と、飽きずに毎日ちびちびと飲んでいた梅酒缶を手に現場に向かった。今住んでいる部屋からそう遠くない場所だが今日まで敢えて遠回りをして避けていた。ここか・・「沢山の人が来てくれたみたいで良かったな」花束と飲み物が整然と置いてあったのですぐに分かった。こんな場所だったかな?あの時は暗かったから雰囲気が違うな、かなり賑やかな幹線道路の交差点に沢山の車が行き交う。花と飲み物を現場に置きゆっくりとしゃがみ込むとそっと目を閉じて手を合わした、何分経ったのだろう?随分長い間心の中であかりに語り掛けていた、贖罪をする訳でもなく世間話をして待っていたのだ。下校時間だろうか、ただでさえ騒がしい交差点なのに子供たちの騒ぎ越えと雑踏がさらに増した。
さすがにこれじゃ来ても分らんな。周りを見渡すとすぐ後ろに公園があり、ベンチから交差点が見渡せた。逃げるようにそのベンチに腰を掛けた、そしてもう一本の梅酒缶を開けた「なんか色々疲れちゃったよ、あかり。献杯~」交差点に向かい一気に半分ほど飲み干す。ベンチに深く座り直し大きくため息を付いた次の瞬間、隣に誰かが座る気配がした。これは人じゃない・・「湊。どうしたの?」
耳元で囁くあの声、もう二度と聞けないと思っていた。さっきあんなに喋る事があったのに何一つ言葉が出ない。涙が止まらない。
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