第4話
坂下さん、聞こえますか~?返事が出来ないなら手を握ってください!」意識が朦朧とする中、遠くで緊迫した呼び声と怒号が飛び交う。「何が起きた?俺は何をしている?ここは・・?」少し前の記憶が全くない、「ぐわっ!!?全身がバラバラになりそうだ、痛いっ!」そしてまた暗闇に引き込まれるように意識を失った。
「湊君、早く起きなよ。みんな待ってるよ」あかり・・なのか?
長い夢からゆっくりと覚め始める感覚と同時に右半分全体に激痛を覚える。「よかった、意識が戻って」はっきりとは見えないが本匠と両親の姿があった「あぁ3日も意識が戻らなかったのよ」と母親が脱力するようにベッドの脇に膝をついた。「あぁそういえば事故に巻き込まれたのか」徐々に記憶が断片的に戻り始めると共に全身が凍り付く様な恐怖に包まれた「これ以上話をするな」と死神の鋭い大鎌が首筋にそっと当たるような感覚の中で「そうだあかり・・あかりは?」と声を絞り出し独り言のように呟くと、しばしの沈黙の後「あかりは・・もういない」本匠がゆっくりと口を開いた。その瞬間全てを悟った、「何だよそれ・・こんな事が起きて良いのか?」返す言葉も見つからず沈黙した。悲しいとか辛いとか感情が追い付く間もなく、今まで泣いた事がない俺の目からは、蛇口が壊れたかのように涙が止めどなく溢れ出た。その後は誰ひとり言葉を交わすことなく病室を後にしていった。
何日かすると記憶のほとんどが鮮明に戻り始める。こんな時に限ってあかりとの楽しい思い出ばかりが湧き上がってくる。悲しみという波が一日に何度も押し寄せてはその都度、声を押し殺して泣いた。あの日、あかりは区役所へ出向きその間、引っ越しの荷解きをしていた俺は夕食の約束をしていたあかりと合流した。近くの居酒屋へ二人で向かう途中、信号無視をした車に撥ねられた。いつもならあかりは必ず俺の左側を歩くのだが、その時に限って右側を歩いていたのだ。あかりが車と俺の間に挟まる形になり、結果的に俺は直接車と接触せずに済んだ。しかし、俺もタダでは済まずあかりとぶつかった衝撃で右目と右耳の両方を失った。加害者の高齢ドライバーは信号で止まるつもりだったようだが、アクセルとブレーキの踏み間違が原因としている。当事者はブレーキを踏んだのに加速したと一向に非を認めないようだ。もうそんな事はどうでも良い、あまりに突然で残酷な神の所業に怒りも通り越して何も感じない。そのうち弁護士が形式的な謝罪に訪れるだろうが、何をされようとあかりはもう戻らない。まさに明日は我が身という出来事が最悪の形で現実になってしまった。
渉外弁護士が事故に遭い、障害を持ち、残りの生涯を全うしなければならない。ショウガイ縛りだな、しょうがない・・傍にあかりがいたら何と言うだろうか、「はぁ?そんなおやじギャグ、今時小学生でも言わないでしょ~」と俺の事を小馬鹿にしたように笑い飛ばしてくれるだろうか?だがそれももう叶わない・・元々信仰なども無く神など信じていない、自分が不都合な事態に遭遇した時に神頼みをするくらいだ。それも今回で辞めよう、神に願った所でどうせ叶わない。結局は自分の力だけで道を切り開くしかない。それが一番納得の行く結果を得られるだろう、そんな誓いを勝手に立てた。
人生の転機とは突然やってくる、良い方向へ進む事もあれば悪い方へ転がる事もある。人生に及ぼす影響の大小に関わらず後戻りを許さない。ああしていれば、こうしていればと選択を後悔した所で修正など出来ない。そして運命という不思議な呪縛に首根っこを鷲掴みにされ、いつ訪れるかもしれない次の選択の日まで引きずられ続ける。目を閉ざされ、耳を塞がれていようとも歩みを止める事は誰も出来ない。たとえ死を目の前にして選択を迫られようとも。
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