第2話

休日の昼下がり。からりと晴れた気持ちの良い4月の柔らかい日差しに導かれ、あかりと近くのオープンカフェに出向いた。

「ねぇ、湊。今度の日曜3人で食事しないかってお父さんから伝言」

「えっ、先週挨拶で出向いたばかりなのに・・なんだろう?」

「う~ん、何か大事な話があるみたいだよ。やっぱり気に食わないから別れろ~って言われたりしてね」

「やめてくれ、どこまでも追い詰めてくれるな」

こんな些細なやり取りをお互い老いるまで、この先ずっと続けるのも悪くないと、虚ろに遠くを見つめて微笑むとやはり・・

「何ニヤニヤしているの?気持ち悪い」

決めた・・今度の日曜日はこちらから丁重にお断りする事にしよう。

 どうでもよい雑務に忙殺され、あっという間に次の日曜日になった。先週の穏やかで至福に満ちた週末とは打って変わり、これから対峙する不安を具現化したような重く寒い、終わりが見えない小雨の一日となった。しかし、何の話があるやら全く想像すら出来ず、予防線も張れないまま本匠家の門扉の前で立ち尽くしている。家の中から先に実家へ戻っていたあかりが小走りで出迎えてくれた。

 犯人が連行されるかのように、長い廊下の先にあるダイニングに通されあかりと共に着座する。すると待ち構えていたかのように、あかりの父親(本匠元)がすかさず別室から歩み寄ってきた。

「坂下君。先週も来てもらったのに、すまない。君に頼みたい事があってね、楽にしてくれ」

話の途中だったが、家政婦が作る洋食のそれと分かるいい匂いが漂ってくる「これはステーキだな」・・こんな状況でも一発で何の料理かを当てられてしまう自分が情けなく思い、この無駄な能力を違う力として発揮できないものかと痛感した。

あかりに母親はいない。理由は経済苦から物心がつく前にあかり達の前から突然姿を消したそうだ。父親が再婚もせずシングルファーザーで一人娘を育て上げたのも、母親がいつでも戻って来られるようにとの配慮だそうだ。人生とは皮肉なものだ、現在の経済力がその時にあればと他人の俺が思う。ましてや当事者ともなれば悔やんでも悔やみきれない思いは想像するまでもない。

父親からの頼み事とは、近々THCと米国ハートインターナショナルグループ(HIG)との資本提携を実現する為、橋渡し役として依頼されたのだ。成功した暁にはTHC顧問弁護士に任命とさらに個人事務所まで用意があると、夢のような大抜擢である。一応・・ご令嬢との婚約、超ブラック企業からの脱却と念願の個人事務所を持ち、大企業の顧問弁護士というバックアップ付きで国内外問わず企業間における仕事が思う存分できる。人生を呪って生き続けた甲斐があった。が、何故いつも贔屓にしている法律事務所を使わなかったのか、こんなでかい案件であれば実戦経験が乏しい個人を引き合いに出すというリスクは取りたくないはず・・まぁ、あまり深く考えても仕方ない。

大企業のご令嬢の嫁ぎ先が超ブラック企業の平社員では示しがつくはずもない・・父親なりの配慮といった所か。

 その日は簡単なスケジュール調整と後日、役員会同席で詳細のすり合わせを行う約束を取りつけ、幸福の絶頂にある高揚感とそれを素直に隣で喜んでくれるあかりと共に本匠家を後にした。そしてあれほど不穏に感じていた空模様も、いつしか月の光が眩しい程に輝き、濡れた路面をキラキラさせていた。家路につく二人の姿をいつまでも優しく照らし続けていた。

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