霊能弁護人

@s_fujii1974

第1話

俺の夢は弁護士になる事、それもM&A(企業買収)に特化した渉外弁護士。簡単に言えば国内外を問わず、企業間の取引事案に携わる国際弁護士と言った所だ。実績に乏しい個人では、大きな案件をすぐには任せては貰えない。まずは実績のある法律事務所へ就職、そして経験と実績を積み上げ人脈や信用を得る。その先独立となれば運も資金力も必要となる。買収のスペシャリストなど諸条件も含めれば、高嶺の花も霞んでしまういばらの道だ。

なぜここを目指したか?狭き門を目指す方が達成感もあり格好良いから。何より聖剣を振るわずに、法の裁きから弱者を救済する異世界の主人公のように・・そう、自分で言うのもなんだが、世間知らずで現実世界と区別がつかない痛い引きこもり・・友人は沢山いる。オンラインゲーム上の仮想世界で、見た目は美男美女のアバター達。実際は顔も職業も知らない人達だ。VRMMOコミュニティだけが交流のほとんど。しかし現実世界で会うのは気が進まない。

 しかし結果的に現実世界と合致する職種が弁護士であった事と、勉強が出来る頭を兼ね備えていた事が幸いし、大学院在学中に司法試験に合格、さらに英検1級資格も得た。卒院後は運良くコネのありそうな法律事務所へ就職も果たし、順風満帆で華やかな出世街道を軽やかに歩み始めたはず、だった・・

一旦足踏みを始めると、現実とはこうも上手く行かない物なのか、「石の上にも3年」をすでに通り越し、あれから5年の歳月が流れた。未だに先輩たちの尻拭い・・いや後方援護。無限わんこそば状態の残務処理地獄と長時間のデスクワークプレイ、誰もいない真っ暗闇のオフィスに一人寂しく残業する時は、このまま異世界へ召喚され、二度とこの世に帰還出来ないのではと錯覚を覚える。やっている事は非常に地味な仕事だ。安月給は百歩譲って目を瞑るとして、法律事務所なのに勤務体制はブラックを遥かに通り越している。

自己紹介が遅れたが俺は坂下湊。誰もが一度は理想的な夢を見るのであろう道を辿り、誰もが経験する事であろう自分の不甲斐なさに今まさに、見事なまでに打ちのめされている最中だ。

こんな自分だが一つだけ救いがある。

「湊君お疲れ様、今日もこき使われているねぇ~」

「あぁ、あかりか。冷やかす余裕があって羨ましい、まったくいい根性しているよ」

「ひどいなぁ、私なりの愛情表現を君は理解していないのかな~?はいコーヒー、ここ置いておくね。んじゃ頑張ってねぇ」

彼女は本匠あかり、東亜本匠コーポレーション(THC)の令嬢でありながら、こんな腐りきった法律事務所に去年から事務員として採用された。思うところ、この歳まで一度もバイトすらせず、ふらふらとしている事に父親が業を煮やし、社会経験をさせる為に放り込んだのだろう。しかし新規の事務員を受け入れる余裕は、ここの事務所には全くない。上客のTHCから圧力を掛けられ、仕方なく受け入れたという解釈が一番腑に落ちる。普通ならばこんな気さくなやり取りを大手企業のご令嬢と出来る筈はない。周りからは「怖いもの知らず」、「頭のネジ、大丈夫?」と散々な言われようだ。しかし、俺には社会のパワーバランスを無効化にする大いなる力があるのだ・・と言いたい所だがそんな訳もなく、ただの幼馴染だ。

今やTHCは全国でもトップ20に入る大手総合商社だが、昔は実家の近くで小さな輸入雑貨店を営んでいた。あかりとおやつ目当てに店へ遊びに行っては、海外の珍しいお菓子を頂いた記憶がある。いつの間にか店は無くなり、あかりの家族ごと方知れずになった。だが偶然にも同じ大学の後輩として彼女と再会すると、時々連絡を取り合うようになった。その後、同じ会社に彼女が入社でまたも再開する。これを運命的なシンデレラストーリーと捉えるか、腐れ縁と考えるかはご想像に任せする。お約束のようにこの後はベタな展開となり、何となく付き合いが始まり婚約目前まで至ったという話である。詰まる所、再会というきっかけはあったものの、特に煌めくような美談もなく三十路目前に焦った彼女の前に、偶然幼馴染という当たり障りのない鴨が葱を背負ってのこのこ現れたのである。

とは言え、超人気アイドルと交際(絶対ありえないが)していつ奪われるのか、いつ裏切られるのか毎日気を張り続ける事を考えれば、特別気を遣わなくても良い相手がいる事はとてもありがたい。あかりは背も高く美人の部類、すれ違えばほとんどが振り返る。それよりも「なんでお前が一緒なの」と言わんばかりに、セットで好奇な視線を向けられるのが辛いところだ。ただ一つ問題がある。性格・・はお互い捻くれている事を十分理解している・・

そうではなく、THCがなぜここ数年で急成長を成しえたかだ。仕事柄良い噂を聞かない、かなりアグレッシブに他業種の買収を行い「成長」を通り越して醜く「肥大化」している。もはや何が本業か分からないくらいだ。既に舵が効かず内部崩壊は時間の問題である事に察しは付くが、なぜそんなに生き急ぐ必要があるのだろう。

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