己が望んでこうしているのか、月読丸の望むようにしているだけなのか。


 肉欲に支配されているのは間違いないが、座して経を唱えている時よりも、心は正しく悟りの境地の間近にあった。


 食い縛った歯の間から、呻きにも叫びにも似た声が洩れる。

 額も汗で濡れていた。

 鍛練で日焼けした肌には艶があった。


 順慶の喉仏が上下し、息遣いと腰の動きが連動して激しさを増していく。


 月読丸もほぼ同時に精を放った。

 繋がった儘、二人は重なった状態で褥に突っ伏した。

 

 暫く無言でそうしていた。


 静寂の中に混じる、生き物達の微かな声が二人の耳に届く頃、背後の順慶の指が月読丸の髪を掻き分け、露出させた項に口吻けた。


 互いの左手はしっかりと重ねられ、月読丸は夢現で主の愛撫に身を任せた。


 順慶の温もりに包まれながら、月読丸の脳裏には己の身体を開いた数多の男達の姿が甦っていた。

 愛着も何も無い男達の顔は泡のように浮かんでは消えたが、その中で一人だけ暫し脳裏に留まる者があった。


 肌を合わせた回数は順慶以上であり、他の男達には無い、愛を彼に示してくれた。


 殿と呼んだ、その男の名は信貴山城主、松永弾正久秀である。


 愛しい順慶の仇敵である松永を失脚させる為に、素性を偽り寵臣として仕え、最後は己の手で首を落とした。


 順慶に対する慕情に揺れながら、その仇敵に辱しめらられるというのは、彼の内にある淫らな花の蜜を多いに溢れさせた。


「月……そなたが愛しい……そなただけで良い……」


 主の真っ直ぐな愛の言葉が、背徳に耽る彼の意識を戻した。


 順慶を命に代えても守り抜く。

 例え、この身が引き裂かれようとも──

 その激情を愛と教えてくれたのは順慶只一人。

 己の内に飼う淫猥な獣と相反する純粋な忠義。


 二人は汗と精を清め合い、戯れつつ眠りに落ちた。

 微睡みの中、松永の顔が再び浮かび、幼き日の記憶にある父と重なり彼の名を呼んだ。


『三郎──』


 

───


 漸く筒井家が動いた。

 変の翌日、六月三日の事である。


 漸くという程時は経っておらぬが、順慶には十年や二十年にも匹敵する濃密な日々の幕開けであった。


 家臣の井戸一手を含む大和衆が、大安寺・辰市・東九条・法花寺周辺に布陣した。

 とはいえ、明智に味方するという去就は明らかにしていない。


 明智謀反が各地に知れ渡り、追い剥ぎ略奪、殺人が横行し、国中が荒れに荒れていた。

 若き頃の苦心惨憺たる日々を思い返せば、どうしても大和だけは守りたかった。


 避難しようとした宣教師達が追い剥ぎに襲われた時の様子を、ルイス・フロイスが生々しく記している。

 信長只一人が殺された事により、諸国でこれ程の動揺と混乱が起きるとは驚嘆に価するとも── 


 変の一報が諸国に届くのは驚く程早かった。

 畿内では当日、備中高松城を水攻め中の羽柴秀吉にさえ、三日の深更か四日未明までには報せが入っていた。


 明智から毛利への密使が間違って秀吉の陣に入り変を知る事になったという、やや劇的な逸話を否定するまでもなく、彼に報せた者達は他にも数名いた。


 例えば摂津の茨木城主、中川清秀は変を知るや直ちに秀吉に書状を送っている。

 それに対する返信が五日である事から、逸話にあるような幸運が訪れずとも、四日までには確かな経由で知り得た事になる。


 摂津には中川清秀の他に、キリシタン大名の高山右近、彼等を束ねる地位に信長の乳兄弟である兵庫城主の池田恒興がいた。

 何れも備中に向けて出陣途上にあり、高山右近は大阪辺りまで進んだところで変事を知ったようだ。


 光秀は彼にも誘いを掛けている。


 夫の右近の留守を守る妻のジュスタ(洗礼名)は不安で怯えていたが、明智光秀は右近が戻れば己に味方すると勝手に確信し、高槻城を攻めたりはしないから安心して欲しいと生温い申し入れをしている。


 そして放置し、人質さえも要求しなかった。

 味方が欲しくて堪らない光秀の卑屈な心情が窺える。


 ジュスタと高槻城の者達は従う振りをして、右近が戻るまでの危機を切り抜け、右近は結局秀吉に付いた。


 有力武将達の殆どが城を空けていた時を狙った謀反。


 明智光秀が事前に根回ししていなかった事を物語るように、織田家の重臣達だけでなく、織田に敵対していた毛利、上杉、雑賀衆等も錯綜する情報に振り回され、明智と足並みを揃える事が出来なかった。


 例えば毛利方の城、備中高松城を包囲していた秀吉は変を知るや毛利に休戦を申し入れたが、撤退の翌日ぐらいには毛利にも一報が届いている。


 にも関わらず、毛利は秀吉を追撃しなかった。

 それは情報に誤りがあり追撃すべきではないと判断したからだ。


 




 


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