旋
それは小学校四年生の時のこと。
私たちの小学校は九月下旬に毎年、運動会が行われ、今のようなちょうどこの時期、それに向けた練習が毎日のように体育の授業内で行われていた。
気温が落ち着き、秋らしい空気に近づいてきた頃。グラウンドには、明るい声援やかけ声、着順の放送が飛び交う。
しかし、統計ではっきりと示されているように、台風の上陸は八月が多いが、大きな被害を与える台風は九月に多く集中することもあって、天候の関係上、授業の途中でグラウンド練習が切り上げられることがよくあった。
私がこの力に気づいたのはそんな時だった。
綱引きのリハーサル練習が開始した。よういはじめの合図で赤組、白組両者譲るものかと、地面に足をめり込ませる勢いで綱を必死で掴み、うしろへうしろへと引っ張りあげる。私とちえちゃんは赤組だった。
数分間、おおきなかぶのような拮抗状態にもつれ込んだ矢先──。風がふわでも、ぶわでもなく、大きなうねりをを伴って襲いかかってきた。きーんとして、耳が痛い。瞬間最大風速。砂埃が巻き上がる。
その風の強さはまさに、去年、社会科見学で訪れた防災センターで体験した『風速30メートルの風』そのもののように感じて、私は怖かった。あの時は安全バーがあったから、耐えられただけで。
ご、ご、と空気の床に押し出されるように、向かいの白組の方へ、風が勢いよく吹き上げた。それから白組の子たちは、ふわんと何センチか身体が宙に舞い上がり、鉄棒の逆上がりのように、くるんと回るようにして、なんとか無事、着地した。しかし、それはほんの一瞬。
あの時、瞬きをせず目を見開いていた私とその他数人だけが観測できた、とても不可解なことで、浮かんだ子たちは皆自分の身に何が起こったのか分からないまま、呆然と立ち尽くしていた。
──なに? 今の。
そして私は綱を持った手を離し、目をつむった。夢のような、妄想のような、目の前で起こったことを一旦自分の頭の中で整理しようと思ったからだ。でも、だめだった。
──視えちゃったから。
暗闇しかないはずのその世界に、瞼の裏に張り付いているかのように映っていたのは、ちえちゃんだった。どうして? 私は意味がわからなかった。
✤ ✤ ✤
この日を境に私は力に目覚めてしまった訳なのだけれど、なぜあの日、ちえちゃんが視えたのかは未だに分からない。
風が強かったせい。私だけでなく周りの先生、生徒たちを含めて、そんな理由で片付けられるような現象には思えなかったが、結局この日の出来事は未解決に終わり、安全のためすぐ生徒が避難できるよう下校時刻が早まった。
あの後、私はちえちゃんに、「大丈夫? なにか変わったところはない?」って聞いたけど、へ?という顔で不思議そうに私を見て、逆にその慌てぶりを心配されてしまった。
ちえちゃんは何も知らない様子だったし、とても小学生が何らかの力であんなことを引き起こしたとは思えなかったから、それ以降私は特に気に留めることもなく、この日の出来事は、皆の間で 「学校の七不思議」の一つとして、 「台風事変」という名前で代々語り継がれることになったのだった。
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