第十七話 隆夜 前編

 青龍のげんに困惑する珠華に、いつの間にか羅玄とのやり取りを止めていた玄武が近づいた。

 自身よりも頭一つ分高い背丈を持つ玄武は、どこか寂しげな笑みを浮かべて、珠華に語りかける。

 

 「珠華、貴女は知らないのよね?前酒吞童子――隆夜の、詳細な死因を」

 

 珠華は一つ、頷く。

 それを確認した玄武は、穏やかな声色で、語り始める。

 

 「隆夜……前酒吞童子は、とても穏やかな、優しい男でね。妖のことも、人間のことも思いやることのできる鬼だった。それに何故か、尖ったところのある青龍とも馬が合ったのよ」

   

 とても懐かしそうにぽつぽつと語る彼女の姿はとても儚げで。

 今にも、消えてしまいそうな気がした。

 

 「いつも素っ気ない態度しか取らない青龍が、隆夜の前だけでは笑っていて……だけど隆夜は、一旦怒ると手が付けられなくなるって、面倒なところがあってね。それで、死んでしまった」

 

 無表情で佇む青龍が、軽く唇を嚙んだ。

 この先に何が語られるのか、恐ろしくもあり――同時に、知らなければならないという不思議な義務感が珠華を支配する。

 珠華は顔を上げて、次の言葉を待った。

 

 そうして語られた内容は、聞くに堪えない、おぞましい話だった。

 

 「――あの日。隆夜が、死んだ日。陰陽師が、弱い妖を生け捕りにして、実験に使っているって情報が、都に潜んでいる妖を通じて、大江山に届いたの。そして隆夜は、同胞を助けるために、自分一人で陰陽師の館へ向かった。周りの妖たちが、酒吞童子自ら行くべきではないと止めるのも聞かずに、ね」

 

 「っっ!?」

 

 あまりにも醜悪かつ非道な行いに、反吐が出る。

 そして同時に、人間からすれば、我ら妖は“生きているモノ”ですらないのだという現実を、突きつけられた気がした。

 

 「かたや一人の、しかも怒りで理性を失いかけた鬼。かたや何人もの、冷静に戦闘することが可能な陰陽師とその弟子たち。陰陽師――安倍晴明と隆夜の一騎打ちだったら、隆夜はきっと勝てたんだけどね。しかも、大量の同胞を人質に取られているなんて状況、隆夜に勝ち目なんてなかった」

 

 玄武の話を聞く珠華の瞳には、血だらけになりながらも懸命に同胞を守る一人の男――隆夜の姿が映っていた。

 

 短い黒髪を真っ赤に燃やし、常人の目には見えぬ固い糸でギリギリと縛られながらも、妖力の限りを尽くして陰陽師を攻撃する隆夜は、酒吞童子と呼ぶに相応しい。

 彼の憎々しげに歪んだ真紅の瞳に映るのは、珠華の記憶よりも幾分か若々しい姿の陰陽師、安倍晴明。

 凍てついた彼の視線と、燃える隆夜の眼差しが交差し、激しい火花を散らす。

 

 遠慮容赦なく隆夜の身体を締め上げる糸は、彼の血であかく染まり、地面へとポタリ、ポタリと雫を落とす。

 

 背景には、逃げ惑う、囚われていた妖たちと、それを捕まえようと霊力を駆使する見習い陰陽師たちの姿がある。

 

 ふと、珠華は気づく。

 

 隆夜は、陰陽師に対して攻撃こそしているが、それ以上に、妖たちを逃がすために力を使っていることを。

 

 ――隆夜は、優しすぎた。

 

 青龍の言葉が、脳裏を掠める。

 

 優しすぎるとは、このことか。

 

 見ているだけで怒りに自我を失いかねない映像を目の当たりにしながら、珠華ふと、そんなことを考えた。

 

 やがて妖たちが全て逃げおおせると、隆夜はどうっと地面へ倒れる。

 その髪から赤は消え失せて、顔面には笑みを湛えていた。

 

 

 

 

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