第十五話 四神 其肆

 珠華が無言で動揺していることをいいことに、羅玄と玄武のやり取りは続く。


 「…手順を踏めと言われても、今更だと思うのだが」

 「まあ、そうかもね」

 

 こてり、と、絶妙な角度で首を傾げる玄武からは、色香だとかいうものが通常の三割増しで漂っている。

 しかし、羅玄はそれにてられた様子もなく、溜め息を吐く。

 その表情は明らかな仏頂面。それがいつもよりも少し幼く見え、新鮮だ。

 羅玄は、折角せっかくの機会だからと彼をチラチラ観察する珠華に気付くことなく、口を開いた。

 

 「では、どうしろと?」

 

 その問い掛けに、玄武は楽しげな表情で、ほんの少しだけ考えるような仕草をしてから、彼女なりのこたえを口にする。

 

 「今からでも、和歌ラブレターは書いたほうがいいと思うわよ。どうせ何も書いてないのだろうし、ある程度は進展させているみたいだけど、そんな関係になっても、基本の愛情表現を忘れては駄目ですからね?」

 「…やってみよう」

 「それと、何か贈り物をするのも良いと思うわ。ちょっとしたものでも、何かを貰うのって、とっても嬉しいから」

 

 羅玄は、そのことに無言で頷き、取り出した――どこから取り出したのか知らないが――木簡に言われたことを、手の汚れにくい固形の墨で箇条書きに綴っている。

 

 それよりも――ちょっと待て。何がどうなってこのような状況になっているのか、サッパリわからない。

 会話だけ聞いていると、羅玄は女性の扱い方については完全に初心者で、それを見かねた玄武が色々と彼に教えてやっている――というような構図なのだが…では今までの、いかにも女慣れしているというような言動は何だ?素か?あれが素なのか?


 ――信じ、られない。

 

 啞然として更に硬直していた珠華だが、クスクスという軽やかなものと、クックッというやや高めのものとの二重の笑い声によって我に返った。

 ハッとして羅玄と玄武以外の四神たちを見渡せば、最初に、朱雀が体をひくつかせているのが目に入った。口元を押さえて噴き出すのを堪えてはいるものの、抑えきれなかった笑い声が口端からこぼれている。

 次に珠華の瞳に飛び込んで来たものは、白虎の姿。

 彼は口元に拳を当て、心底可笑しいといった様子でニヤついている。白虎の体も、朱雀程ではないにしろ、小刻みに震えていた。

 

 最後に珠華の視界の端に辛うじて映り込んだものは――青龍だ。

 彼は他の者たちとは違い、体を震わせることも、笑いを堪えることもなく…無言のまま死んだ魚のような目をして、羅玄と玄武のやり取りを見つめていた。

 

 やがて彼は、とても大きな溜め息を吐きつつ、最高に嫌そうな表情で私に歩み寄ってきた。幸か不幸か、他の皆は羅玄と玄武のやり取りに気を取られているため、青龍の行動に気付くことはない。

 

 私の目の前まで歩いてきた彼は、その不機嫌を体現したような表情のまま、私にだけ聞こえる程度の小声で言葉を発する。

 

 「…手を出せ」

 

 言われるままに両手を差し出せば、何かを手渡され、両手で握らされた。

 青龍が離れると同時にそっと手を開けば、そこにあったのは――

 

 

 

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