第十一話 曼珠沙華

 それは、一面の全てが紅い世界だった。

血のごとく紅く染まった彼岸花――曼珠沙華が、咲き誇っている。

風が流れる度に、紅の花弁が散り、風を赤く染めていた。

そして同時に、その場所は。

珠華の今までの経験上、最も霊気に満ちた空間だった。

霊力が殆ど枯れてしまったような妖でも、ここへ来れば絶対に、一瞬にしてほぼ元通りに回復するのではないかという程に。

だが、霊力が濃い故に、生まれたばかりの妖や、霊力の少ない妖。ましてや、人間などは、入るだけで壊れてしまうだろう。

とはいえ、この二人は常世でも珍しい程の量の霊力の持ち主なので、純粋に景色を楽しんでいるが。


そして。

珠華は、その奥に。更に濃い霊力に。引き込まれるように、足を踏み出した。


当然、手をつないだ状態のまま、もれなく羅玄もくっついてくるのだが、今の珠華には、そんなことは粗末事だった。


――早く。早く、こちらへ。


そう、誰かに呼ばれている気がして。


歩みを進め、曼珠沙華の咲く場所に着けば。まるで道を作ろうとするかのように、花々が左右へ分かれた。

開かれた道を、珠華は躊躇うことなく進み続ける。

奥へ。また奥へと進むうち、曼珠沙華の紅が、濃く、鮮やかに変化していった。

同時に、曼珠沙華の大きさも、少しずつ大きくなっていっているようだ。

珠華の見立てでは、恐らくこの花は、霊花の一種だ。その中でも、高濃度の霊力の中で生きるという、変異種だろう。

霊花とは、霊力を糧に育つ花で、強く濃い霊力が継続して有り続ける場所でしか咲くことはない。

従がって、現世の霊花の大半は、酒吞童子を始めとした、現世の妖が最も多く集う地である大江山に咲いている。

霊花は、霊力さえ保たれていさえすれば年中咲き続ける。

大江山に様々な季節の花々が同時に咲くのは、これが理由だ。植物の大半が霊花なので、ここの比ではなくとも、十分に強い霊力がほとんど一定の状態で満ちているこの山では、季節が過ぎても枯れたりすることがないためだ。

だが、ごく稀に陰陽師の者に育てられている霊花もるらしいが、霊力の調整を一人で行うことはかなり難しいらしく、長くとも五年で枯れてしまうという。

人間なんて、そんなものだ。現世では頂点に君臨する種族ではあるが、所詮は現世の定めからは逃れることのできぬ存在。

生を受けた瞬間から、死への旅を始めているのだから。

妖にとっては、時間ときというのは、永遠とわに続くものであり、死というのは、その道に突如として空いた落とし穴にすぎない。

妖の死とは、霊体化のことを示す。霊体化すれば、常世の何処か――そう。だれも知らない、限りなく高められた霊力の中で眠りに着くのだ。数千年程すれば、また肉体を取り戻す。

そのため、記憶を失って転生するということがない私たちは、寿命という概念が存在しないに等しい。


霊花も、ほぼ同じ生態をしている。


だけど、人間は。


終わりがあるからこそ美しいと言う。

老いることも死ぬことも、その美しさの一つだと言う。


それならば、この景色は、何故これ程までに美しいのだと。


はっきりしない思考の中、珠華は自問した。

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