第十話 散策

 城中を混乱させてから、半刻一時間程経った頃。

「あ、あの…羅玄?その…手を、繋ぐ必要は…あるのか…?」

珠華と羅玄の二人は、大江山の周辺を散策していた。それも、手を絡めるようにつないだ状態で。

大江山の最奥は、妖の集まる空間ということからか、現世ではあるものの、季節とは関係なしに様々な花が咲き乱れていた。

秋らしく色づいた公孫樹に紅葉。薄紅色や橙色に、純白の秋桜コスモスや、華やかな色彩の菊。初夏のものよりも、色の深みが増した秋薔薇。

そうと思えば、まるでたった今芽吹いたばかりのような、みずみずしい新緑の木々に、気品の溢れる色香を纏った牡丹。上品な紫の桔梗に、真紅の椿。

それらは確かに珠華の目を楽しませた。

だが、珠華からすれば、羅玄と繋がれた手の方が重要なのだ。

しかし、そんな珠華の動揺をよそに、羅玄はとても楽しそうで。

先程の珠華の問いかけに、「ああ、もちろん」と、即答するものだから。

何故か、何も言えずに、黙り込んでしまう。

羅玄といると。羅玄が楽しそうだと。

とても、心地よくて。どこか、温かくて。

すっかり枯れてしまった心が、満たされて行くのをはっきりと感じる。


これは、何なのだろう。


この気持ちは、どういうものなのだろう。


自問したところで、答えが出るはずもなくて。

それでも、この気持の正体を。胸の鼓動の理由を。

知りたくて、たまらない。


珠華が一人、そう胸を高鳴らせていることも知らず、手をグイと引き、彼女を自身の側へと引き寄せた。


「ーーっっっ!?」


羅玄は、珠華の顔が首筋まで赤く染まったことを確認し、満足気に微笑わらう。


暗緑色の直垂に、漆黒の袴を纏った羅玄に、珠華は純白の単衣に緋色の袴。それに真紅の地で、裾にのみ白い萩の花染め抜かれたうちぎという簡素な出で立ちではあった。

しかし、大江山の最奥という険しい道を、危なげのない足取りで軽々と歩く二人は、さながら、一枚の完璧な絵のように見えた。

そして、そんな二人は、どう見ても仲睦まじい恋人。


そんな二人を、山のあちこちから妖たちが覗いていることは、二人共よくわかっている。その妖たちが、皆例外なく口角を緩ませ、生温い目で自分たちを見守っていることも。

それを知りながらも、当然ながら、羅玄は気に留める様子もなく、珠華は羞恥心のあまり、頬の赤みをじわじわと広げている。


この羞恥に慣れる日は来るのだろうかとも思うけれど、それ以上に、この時間を気に入っている自分がいる。

故に、このままでいいのだと。

そんなことを思ってしまう。


そんなことをぼんやりと考えながら足を進めていれば。

いつの間にか、目の前には、一面が芝生で覆われ、木は一本も生えていない、これまで以上に様々な花が咲き乱れる、なだらかな丘が広がっていた。

ここで行き止まりかと思ったが、羅玄はなおも足を進めていく。

そして、丘の上に着けば。


ともすれば、大江山の真髄のような。


とても、この世のものとは思えぬ光景が、珠華の瞳に映った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る