第九話 朝餉

 そして、珠華は朝餉を取るため、紅羽を従えて別室へと足を運んだのだが。

そこには既に、羅玄がくつろいだ様子で座っていた。

「おはよう」

彼は、昨日と少しも変わらぬ、まだまだ余裕といった笑みを浮かべて、声をかけてくる。

「…おはよう」

珠華は、特に表情を動かすこともなく、同じような挨拶を返した。

が、紅羽という部下がいる手前、そう振る舞っているだけであり、実のところ、内心では早鐘が鳴り響いていた。

幸か不幸か、珠華が羅玄に向かい合う形で卓の前へ座ると、紅羽は軽くこうべを垂れ、奥へと下がった。

『……』

そして、二人の間には沈黙が流れる。

それが気まずいのはもちろんだが、何やら寂しいような…

いたたまれずに、珠華は自分から口を開いた。

「羅玄、殿」

「羅玄で良い」

間髪入れずに返された言葉に、少々戸惑いながらも、珠華は、言い直す。

「羅玄。昨晩は、その、何というか…迷惑をかけたようで、悪、かった、な」

昨晩のあれやこれやを思い出しながらであったため、途切れ途切れの謝罪になってしまったが、羅玄は笑みを崩すことはない。むしろ、心なしか笑みが深まった気さえする。

そのことに安堵しつつ、珠華は丁度良く、否。その時を見図られて運ばれてきた朝餉に手を付けることにする。

朝餉の席に羅玄がいる時点でわかっていたことではあるが、さも当然という風に食事を共にしようとする羅玄に、ややひっかかりを覚える。

まあ、抗ったところで、現状、現世にこの鬼を倒すことのできる者などいないため、無駄だとは理解しているのだが。

いまいち、距離感を掴みきれない。

これ以上何か考えても無駄だという結論に達した珠華は、思考を放棄し、今度こそ食事を開始した。

今朝の献立は、甘く煮た豆と半熟の卵をのせた粥に、青菜の漬物。干した鮑だ。

粥をすくい、口に含めば、なめらかで、塩でほんのりと味を付けた白粥に、ほろほろの豆。濃厚な卵が絡まりあい、いくらでも食べられてしまいそう。

人間は、卵を食べると祟られるとかほざいて、食べようとはしていなかったが、本当に勿体無いと思う。

歯ごたえのいい、干した鮑は嚙むほどにじゅわりと旨味が溢れ出てくる。

パリパリとした漬物も、漬かり具合が丁度良く、箸休めにはもってこいだ。

ふと気が付くと、羅玄は箸を止め、じっと珠華を見つめている。

「どうした?」

少々気になり、そう、尋ねれば。

「いや…そういう姿も、新鮮だと思ってな。目に焼き付けておきたかった。」

ぶわっ。一度は去った熱が、珠華の頬に再び集まった。

身構えることを忘れ、珠華が絶句しているのをいいことに、羅玄は畳みかける。

「俺は、惚れた女の全てを、知り尽くしたいのだ」

「いい加減に自重しろ!」

羅玄の誘惑は、珠華の羞恥心が激昂へと転成したことにより、一時中断された。

余談だが、その後、甘い言葉に耐え切れなかった珠華からぶっ放された昨晩ぶりの強烈な霊力により、酔いつぶれていた鬼という鬼が、全員、恐怖にて目を覚ますこととなる。


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