第八話 大江山の朝

 さらさらという、風に木の葉が揺れる音。

その間から差し込む、眩い朝日が、布団に横たわる珠華の体を照らしていた。

やがて、朝日が昇り切ったころ。

唐突に、珠華は赤い目を開き、次の瞬間には、跳ね起きていた。

そんな珠華の頭を占めるのは、大量の疑問に他ならない。

自身が取った行動も、たった今まで寝ていた部屋も、何も覚えていないばかりか、身に纏う夜具でさえ、身に覚えがないものなのだ。

覚えているのは、昨夜、羅玄が唐突に口づけていたところまで。

それ以降の記憶が、欠片もないのだ。

記憶を手繰たぐり寄せるうち、何故か口づけられたことばかりを鮮明に思い出してしまった珠華は、一拍後、頬を真っ赤に染めて、声を押し殺して悶えた。

しかし、羅玄には及ばずとも、かなり強い霊力を持つ鬼が近づいてきたことを察知し、一旦考えることを放棄する。

珠華が頭を冷やそうと努力しているうち、その鬼は、立てかけられた御簾みすの前で、洗練された流れるような動作で美しい礼をとり、口を開いた。

「おはようございます、酒吞童子さま。紅羽にございます。」

「…おはよう」

言葉を返し、顔を上げるように促せば、紅羽は無駄のない動きで顔を上げ、立ち上がった。

そして、くるくると御簾を巻き上げていく。

それをぼんやりと眺めていた珠華だったが、紅羽のとある一言によって、我に返ることとなる。

彼女は、よどみのない動作で珠華の世話をしていたのだが、着替える際、耳元で、こんなことを囁いたのだ。

「昨晩は、お疲れ様でした。」

その瞬間、故意的に考えることを止めていた諸々の出来事が、疾風怒濤のごとく、珠華の頭を駆け巡る。

反射的に顔を真っ赤にした珠華だったが、爆弾発言を投下した張本人である紅羽は、どこ吹く風だ。

心なしか、笑みを深めている気さえする。

珠華は、そんな彼女に小さく溜息を吐きつつ。ほんの少し震えた声色で、尋ねた。

尋ねようとしたのだが。

「昨晩、妾が…その、羅玄に…」

「珠華さまが羅玄さまに口づけられたその後、何があったか、でしょうか?」

「っっーーー!?」

珠華は、自身がどうしても言葉にできなかった出来事を、紅羽がいとも簡単に声に口にしてしまったことに、声にならない叫び声のようなものを上げる。だが、それでも、紅羽の言葉にコクコクと頷き、話すよう、促した。

そんな彼女に、紅羽はそれはそれは艶やかな笑みを浮かべて、語りだした―。

「まず、酔いが回ったことと、初めて経験した羞恥心により、気絶してしまわれた珠華さまを、羅玄さまが横抱きにして、ここまで運んでくださいまして」

「はぁっ?」

「その後は、わたしを始めとした鬼女数名で、こちらの夜具を着ていただいたということです。」

「あ、ああ…」

「わたしたちの念力でお運びしてもよかったのですが、羅玄さまが既に抱え上げてしまった後だったので」

「別に言い訳はせずとも良いから…」

「うふふ。それにしても、愛されていますねぇ~」

「…茶化すな。」

珠華の朝は、このようにして、紅羽に揶揄からかわれることから始まった。

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