第七話 口づけ

 「すまぬ。もう、大丈夫じゃ…」

珠華はそう言って、羅玄からさり気なく距離を取ろうと背後へ下がろうとした。

が、羅玄は離す気はないらしく、今までの包むような抱きしめ方から一変、かなりの強さで体を引かれた。逞しい両腕に、きつく拘束される。

とくんっ

心臓が跳ね上がり、心拍数が上昇していく。

先程からこの体勢だったはずなのだが、ある程度立ち直れば、どうしても安心感より羞恥心の方が勝ってしまう。

現金なものだが、感じてしまうことなのだからどうしようもない。

―それに。

そんなことすら、何故か心地よく感じている、自分がいる。

あの狭すぎる世界では起こりえなかった出来事に、振り回され続けている中で。

今日が初対面のはずの羅玄を、この鬼たちの中で誰よりも信頼している。

助けてくれた者なのだから、当然と言えば当然なのだが、それとはまた違うところで…

彼を、信じたいという。

今までに感じた新しい感情の中で、最も不可思議な気持ちが、珠華の中に芽生えている。

それを、大事に育てたいと願う、自分がいる。

何故、こんなことを感じ、こんなことを考えているのか。

何も、分からない。

「…面目ない。」

そんな言葉を。ぽつりと、呟いた。

自分の感情も制御できないような。理解できていないような。

そんな、珠華が。

鬼一族を。現世に住まう全ての妖を。

まとめることが、できるのだろうか。

酒吞童子を、務めることができるのか。

自分の瞳が赤かったのは、偶然でしかないのではないか。

理性が崩れ落ちた時、羅玄がいてくれなければ。慰めてくれなければ。

確実に壊れてしまうような。脆すぎる存在だからとか。

そんな思いを込めた、言葉だった。

珠華は、一人ではどうすることもできない。皆をまとめることすらできない。

弱い、鬼だ。

それがひたすらに虚しくて。

また、涙が。こぼれそうに、なって。

それを隠すよう、珠華は俯いた。

それなのに。

気が付けば、何故か。

羅玄の整った顔が、目の前に、あって。

それが珠華の顔に、近づいて、きて。

次の瞬間、珠華の唇に、柔らかいものが押し付けられた。

自分が羅玄に口づけられていると理解するまで。

少し、時間を要した。

顎には、彼の手が掛けられていて。

まるで、逃がさないとでも言うかのように。

羅玄の反対側の手が、珠華の後頭部に回され、固定される。

無論、心音と心拍数の速さは、先程の比ではない。

自身の頬や耳どころか、首筋まで発熱しているような熱さを感じる。

絶対に、先程以上に赤く染まっていることだろう。

それを知ってか知らずか、彼の方からの口づけは深くなるばかりで。

珠華はしばらくの間、一方的に与えられる体温から、逃れることができなかった。

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