第六話 満月

 珠華は赤面していた。

それはもう、今まで以上に真っ赤に、頬どころか、耳まで染めて。

そして十秒ほど、硬直していた。

羅玄は、それを面白そうな目で見て、ちゃっかり持ってきていた酒を舐める。

「先程から…発言の意図が掴めぬのだが。」

やっとのことで、珠華は言葉を発する。

珠華をからかって楽しんでいるようだが、何となく、それだけのためにこういった発言を繰り返しているとは思えない。

そう思い、本来ならば少し前のように問答無用で霊力をぶつけるところを、やるだけ無駄だと理解している事実と理性で押しとどめ、全力で言葉にしたのだが。

「わからないか?かなり積極的に口説いていたつもりだったが。」

「くっ、くど、く!?」

「惚れたと言っていただろう?」

してやったり顔でにやり、と笑う、羅玄。

顔の火照りは冷めないわ、羅玄はどこまでもからかってくるわで、珠華の混乱は境地に達していた。

そして。

「う、うるさい!冗談も休み休み言え!」

珠華はそう言い捨て、すっと体の向きを変えた。

何も言わずに羅玄が持ってきていた酒の残りを飲み干す。

うっかり、羅玄と同じ杯で飲んでしまったため、間接的な口付けではないか、という考えがよぎる。

危うく酒を吹き出しかけた。

その後、何事もなかったように表情を取り繕って、酒精アルコールの入った辛口の液体を飲み下したことを褒めてほしい。

努めて動揺しないよう気を配るも、跳ねる心臓は未だ落ち着きを見せてはくれない。

これなら、酒宴の席に残っていた方がまだ良かったかもしれない。

皆がいる場所ならば、この鬼神の軽口も、マシだったのではないかと思うから。

―いや、別段変わらずにいたかもしれないな…

どちらにせよ、ここに二人きりでやって来てしまった以上、腹をくくるしかない。

とは、わかっているのだが。

やはり、逃げ腰になってしまう。

珠華は羅玄とは別方向を向いたまま、黙って夜空を見上げた。

満天の星を従えるように、見事な満月が、煌々と輝いて、暗闇を照らしていた。

それを見ていると。

いつも穏やかで、優しかった。

亡き母の顔が、重なって。もう、二度と遭えないのだと、実感させられて。

ぽろっ。

「え?」

ぽろぽろ。

「どう、して」

今、涙が止まらないの?

唐突に流れ出した涙が、珠華の頬をつたい、首筋まで流れた。

「…う、あ、ああ。うわああああああっっ!」

手で顔を覆い、珠華は慟哭した。

安倍晴明との戦闘時も、確かに珠華は泣いていた。

だが。

母、桜華が死んでから、声を上げ、ひたすら泣きじゃくったことは。

取り繕った表情が剝がれたのは。怒りの混ざらぬ、純粋な悲痛を。悲嘆を。嘆きを。味わったのは。

初めてだった。

無性に、悲しくて。虚しくて。

肩を震わせて泣き続ける珠華を。

羅玄は、何も言わずに抱き寄せた。

―ああ、そうだ。初対面でいきなり抱きしめたり、からかってきたり。展開が早すぎたし、ひどく、困惑したし、腹も立ったけれど。こんな時に、黙ってそばにいてくれるから。寄り添ってくれるから。羅玄の腕の中が、こんなにも安心する。

羅玄の腕の中。珠華はしばらくの間、母を想い、泣き続けた。

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