第五話 付き合い方
「…悪いか?」
羅玄の発言からきっかり三秒後。
期待外れと言えば語弊があるが、拍子抜けし、かなり呆れたことは確かだ。
「いや、別にそういうわけじゃない。」
てっきりからかってくるのかと思っていたが、返ってきたのは否定の文章だった。
否。
次の言葉で、彼は思ってもみない方法でからかってきたのだ。
「ただ、酔った勢いで…という方法は通用しないなと思っただけだ。」
珠華はひゅっと息を吞み、瞠目する。頬がみるみるうちに赤く染まっていった。
そして次の瞬間。
問答無用で自身の霊力を羅玄にぶつけた。
羅玄だけを狙ったものだったが、特に狙いを定めぬ状態で放出していれば、確実に妖蘭殿は瓦礫の山と化す程の威力と勢いだった。
しかし、当然ながら、羅玄は涼しい顔をしてそれを無力化した。
周りにいた、青い顔をしてその霊力を目で追っていた鬼たちが、安堵の溜息を吐く。
「まあまあ、少し落ち着け。」
当の羅玄は笑顔でそんなことをほざいているが、あいにく珠華のささくれだった精神は中々戻らない。
しかし、彼女の髪色は少しも赤みを帯びることはなかったことを、羅玄はバッチリ確認済みだった。
しかも。大胆にも、こんなことを言ってのけた。
「照れ隠しにしては激しすぎるぞ。」
珠華が必死に隠そうとしていたことを、いとも簡単に見抜いてしまう、羅玄。
羞恥心で、倒れてしまいそうだ。
―いや、倒れることができればどんなに楽か。
遠い目をしながらぼんやりと考える珠華だったが、大きな溜息を一つ吐き、ひとまず場所を移すことにした。
紅羽に軽く目配せをし、広間から抜け出す。
当然、羅玄も着いて来る。
そして広間から少し離れた露台に、二人腰を下ろした。
珠華は、口を開いた。
「確かに、あの場であれだけの霊力を放ったことには謝罪しよう。だが、強いて言わせてもらえば、そなたも冗談が過ぎる。あまりからかうな。」
むすっとした顔でそう言い切れば、羅玄は肩を震わせて笑っている。
「妾は何かおかしいことでも言ったか?」
まとう雰囲気の剣吞さが増したことを、自分でも感じる。
だが。
髪色の通り、珠華は怒っているわけではなかった。
ただ、戸惑っているのだ。
異性から告白をされたことも。抱きしめられたことも。からかわれたことも。
嫌じゃ、なかった。
彼には、初対面のくせをして、どこか安心する。
また、珠華を本来の姿へと導いてくれた、恩人でもある。
だが、どれもこれも。
珠華には、初めてのことでしかなかったのだ。
今まで、母と限られた空間で、ひっそりと暮らすことしかしていなかったから。
今日一日、あまりにも多くのことが起こりすぎて、完全にはついていけていない。
それゆえ、おかしな反応ばかりしてしまう。
我ながら、もどかしいことこの上ないのだが、それ以外にどうすればいいのか、わからないのだ。
―このままだと、嫌われるかもしれない。
そんな風に。思考がどんどん暗いほうへと転がり落ちて行く。
だが、そんな珠華の気持ちは、羅玄にはお見通しだったようだ。
場所を移して初めて、羅玄から発せられた言葉は。珠華への返事は。
とても優しく、落ち着いた、しかし、ひどく甘い声色だった。
「いや、そんなことはない。ただ、そういった表情も可愛らしいと。そう、思っただけだ。」
今度こそ完全に、珠華は息を止めた。
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