第二話 鬼神

 「俺は羅玄らげん。幽世の者だ。」

そう続ける鬼神は、息を吞む程美しい鬼だった。

陶器のようにシミ一つない肌。

切れ長の、真っ黒な瞳。

瞳と同じ、闇に溶けるような漆黒の長い髪を後ろで一つにまとめ、額からは見事な一本角を生やしたその鬼が。

珠華がどれほどあらがっても破ることが出来なかった術を難なく破って牢を破壊し、いとも容易く珠華の拘束を解く。

圧倒的なまでの、実力。

おそらく、幽世の中でも、相当な手練れだろう。

放つ霊力も、現世の妖や、安倍晴明とも比べ物にならない大きさだ。

彼は、自由になってもその場から動こうとしない珠華に、

「どうだ?やはり人間に未練がおありか?」

と、尋ねた。

「…未練は、ない。しかし、貴方は幽世の妖の取りまとめ役――王にあたる方とお見受けする。何故…何故、妾を助けようとするのじゃ?」

「そうだな…いくつか理由はあるが…一番の理由は、俺がお前に惚れたからだ。」

「は!?」

この御仁は何を言っているのだろう。理解不能に等しい。

「信じられないか?」

条件反射で首を縦にこくこくと何度も振る。

いきなり甘い声でそんなことを囁かれ、珠華の心臓は破裂寸前だ。

そして羅玄はそんな珠華の状態に気付いてか、気付いていないからか、未だ牢の中で座っている珠華に近付き、おもむろに抱きしめた。

「ひゃっっ!?」

気が動転し、もがく珠華にかまわず、羅玄は暫くそうしていた。

脳内がゲシュタルト崩壊しかけてきた時、珠華は、清明との戦闘時に負った怪我が治っていることに気が付いた。

「治癒の、異能…」

「ああ。患部が全身だったから、抱きしめることで効率化させてもらった。」

悪かったな、と言い、ぽんぽんと頭を撫でてくる羅玄に。何故か。ひどく安堵した。

「それに、自分の嫁が他のヤツから受けた傷を見るのは不快だしな。」

そう笑って付け足した羅玄のやや引っかかる一言に。

「お待ちください。助けていただいたことには一生かかっても返しきれないほど感謝しておりますが、それとこれとは話が別じゃ。妾は、貴方の嫁になるとは一言も申しておりませんぞ?」

と、ようやく落ち着いた珠華は、努めていつも通りの口調で言葉を返す。

だが。

「ふ…ははは。面白い。では、お前が自分から俺の嫁になりたいと言い出すまで待つとしよう。」

と、笑われた。やはり、理解不能だ。

「残念だが、妾は今のところ、誰の嫁になろうとも思っておらぬ。別の者を探せ。」

「…それは、お前の母のことが原因か?」

ビクッ。

ピタリと言い当てられ、珠華は、思わず震えた。

「…悪い。」

「いや…大丈夫じゃ。問題ない。」

まるで自分に言い聞かせるように。問題ない、と繰り返す珠華を、羅玄はひょいっと横抱きにした。

「は!?へ!?な、何だ!?」

やや過敏に反応した珠華に、

「片っ端から叩き潰したのだが…もう仲間が来たか。桔梗殿。とりあえず大江山へ行こう。話はそれからだ。」

と、羅玄はのたまった。

――大江山!?母上の、故郷の…

そんなことを考えている間に、珠華は羅玄が馬をつないでいた所までその体制で運ばれ。

成す術もなく、大江山へと連行された。

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