序章
「な、なんと恐ろしい子じゃ…」
ふと脳裏をかすめる、大嫌いな男の声。赤ん坊のころの記憶なんて持っていないくせをして、父上が自分に初めてかけた言葉を憶えているなど。
――馬鹿らしい。
「珠華さま、
「茨木。
茨木が座った時を見計らい、少しばかり拗ねたように問いかけると、茨木は少しの迷いも見せずに頷いた。
「ええ、それはもう。自分たちが何かしでかしたかと、下にいる鬼たちがビクビク震えておりました。」
「そうか…茨木、下の者どもへ伝えよ。妾は昔のことを思い出したゆえ、少々苛立ちを覚えていただけじゃ、とな。妾も直ぐに参る。酒宴を続けておれ。」
「仰せのままに。酒吞童子さま。早くして下さいね。皆、貴女を待っているのですから。」
「ああ。そうじゃな。」
来た時と同じ様に、茨木は音も立てずに立ち去った。
「今宵の月は美しいのう。」
誰に言うでもなく、呟く。
だが、この月は。
我が母上の命が尽きた日の、珠華が鬼として覚醒した日の月を、彷彿とさせる。
「いくら美しくとも、満月は嫌いじゃ。」
嗚呼。嫌でも目に浮かぶ。我が母上の、儚げなお姿。この世で最も憎い男とその妻の、醜い姿。
鬼と化した、我が姿を。
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桔梗姫。それが、珠華の以前の名前だった。
彼女は、
だが。これは後に教えてもらったことだが、母上は妖の頂点たる鬼の一族の娘だった。当時、鬼の一部は公家として人間界へ潜り込んでおり、母上はその家――堤家から橘家へと嫁いだ。
彼等、公家としての立場を持った鬼たちは鬼の本家とは少しだけ近い程度の分家で、陰陽師等の動きを探り、定期的に拠点を変えている本家へと情報を流していた。
鬼の当主となる条件として、瞳が紅い者だということが重要視される。それが鬼としての霊力の強さを示しているからだ。
そして何故か、瞳が紅い鬼の子は一代につき一人しか生まれない。
そのため、鬼の中での跡継ぎ争いは、ほぼないに等しい。
つまり、そんな選ばれた鬼以外の者たちは、額に角があることを除けば、人間とほぼ同じ外見となるわけだ。
そのため、公家に扮した鬼たちは、定期的に角を削り、人間として過ごした。
術により、角を削ることなく人と同じ姿のになることも可能だが、霊力を大量に消費してしまうため、その術を使うのは専ら普段は大江山で過ごしており、短時間、人里に下りる用事ができたような鬼のみだ。
だが、そんな鬼たちの機密中の機密な活動は、唐突に打ち切られることとなる。
何の皮肉か、母上と橘家の当主との姫――珠華の瞳が、紅かったからだ。
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